「はい、育児も家事も自分事ではありません!」と前回宣言した作家の海猫沢めろんさん。といいながらも、実はご飯を作ったり子どもの世話をしていたりもする。かつ事情により、子どもが1歳半のときには妻と離れて暮らし、ワンオペしていた時期もあるのだ! 

ではそのワンオペをどうやって乗り切ったのか。そしてワンオペに対してどのような感想を持ったのか。

出産翌年の妻との別居

 ぼくがワンオペをしていた頃の話をしよう。
正直、あの時期のことはほとんど記憶にないのだが、掘り返してみたい。

 子供が生まれた2011年、ぼくらは、かろうじて震災を耐えたボロボロのシェアハウスに住んでいた。シェアハウスといえば聞こえは良いが、実際のところ貧乏学生が集まって生活していた寮のようなもので、メンバーはほぼ全員、学生時代からの腐れ縁らしかった。
らしかった、というのは、ぼくは無関係な人間だったからだ。たまたま知り合ったメンバーのひとりに誘われて、余っていた部屋に住んでいたのである(※シェアハウスについては別の記事で)。

 一緒に暮らすなかで、メンバーが何人もいれかわり、そのなかで仲良くなったのが今の妻であるが、出産の翌年に体調を崩し、彼女は別宅で療養することになった(医学部浪人で朝から晩まで勉強し続けていたのだが、さらに子育てという重圧がヤバかった)。

 結果的にぼくがシェアハウスに残ってワンオペすることとなった。

 シェアハウスなら他のメンバーに助けてもらえたのでは? という疑問もあるだろうが、その時期はちょうどメンバーがいれかわっており、旧知の人間はほとんどいなかった。

なにが大変かというと――

 ワンオペのなにが大変かというと……すべてだ。

 まず食事面。子供はまだ1歳半くらいだったので、ミルクを飲ませることになる。
うちの子供はミルクが嫌いではなかったのでマシだったが、たまに飲んでくれないこともあって徹夜作業になることもあった(育児あるある)。
家事については、普段は食事はぼくがつくっていたが、面倒になって、そのうちコンビニ食メインになっていった。

 それはともかく、大変だったのが生活リズムである。
子供が夜起きたり寝なかったり、夜泣きを繰り返したりすると、本気で綱渡り状態になる。睡眠不足が続き、必然的にメンタルがささくれだってきてこちらの機嫌も悪くなる。

 気分転換に外に出たいが、小さな子を家に残すわけにもいかず、爆音で90年代ロックを聴いてヘッドバンキングしたり、こっちも赤ちゃんのふりをして泣き叫んだりすることで正気を保っていた(ぜんぜん正気ではない気もする)。

 あるいは抱っこひもで子供をかかえて近所をジョギングしていた。子供も楽しそうだし、体力作りになるのでこれは良かった。
子供をつれて外にいると老人や変な人に文句を言われるという話を聞いたことがあるが、ぼくの場合、ほとんどそういう経験はない。やはり男親だったせいだろうか? 外出するとき嫌な目に遭うリスクを下げるには、父親が子供を抱けば良いのかも知れない。

 3時間も寝ると朝。保育園の時間である。
しかしここでも問題があった。

保育園に通うために満員電車

 うちは4月に認可保育園に入れず、あわてて認証保育園(私立みたいなもので、値段がけっこう高いので区によっては収入に応じて補助金をくれる)を探したものの、家の近くでは全滅。結果的に新宿区の認証保育園へ通っていた。つまり、子供をかかえて地下鉄に乗って朝から新宿へ行っていたということである。

 サラリーマンか! 

 満員電車と定時出勤するなら死んだほうがマシだと思って作家になったのに、なぜこんなことに……。
乳児連れの満員電車はマジで危ないので、各鉄道会社はすぐに赤ちゃんスペースをつくるべき。事故が起きる前にはやく! 

 保育園に預けたあとは、睡眠である。寝ないと死ぬ。ところが子供はよく熱を出すので、昼に呼び出されて寝られないこともあった。帰るのが面倒でマクドナルドで寝ていたら店員さんに「大丈夫ですか?」と声をかけられた覚えもある(ここだけ聞くと「天気の子」みたいで青春みがあるが、よほどヤバイ顔をしていたのだろう)。

 最初の頃はこの生活のなかで「小説を……書かなくては……もうだめだ! 作家としてもう終わりだ! はやくやらないと! うああああああこんなことをしている場合じゃないんだよおおお!」と焦燥感で壁に頭を打ち付け、血まみれになることもあったが、そのうちあきらめた。

 「あ、この状態つづけてたら子供か俺が死ぬな」

 と思ったからである。

 もういい、なんとかなるだろう。仕事なんてあとまわしだ。人命優先。あと数年……ここを生き延びればなんとかなる。お金がなくなったら誰かに借りてやる! もう未来のことなど考えない! 俺は野生動物だ! 猫だ! 
そんなふうに今日を生きることだけを目標にした瞬間、ちょっと楽になった。野生強い。

 以上のような状態が半年続いた。

いっそ一人の方が有利なこともある

 これを読んで、
「やっぱりそうか……子供をひとりで育てるなんてぜったいに無理だ……どうしよう」
と思っているシングル予備軍がいるかも知れない。

 だが、安心してほしい。
ぼくも、「ずっとこうだったらどうしよう……」と思い、なんとかこの状況が続いても生きられる方法を調べた。
そうすると、意外にも半端な状態より、いっそシングルのほうが楽な部分もあると気づいた。

 まずシングルになって役所に申請すると、児童扶養手当(約42,000円)、児童育成手当(約13,500円)、住宅手当(約5000円)これが毎月支給される。さらに児童手当15,000はシングル以外でも年3回支給されるので、ぜんぶ合わせれば月6万円くらいにはなる。ワンルームに引っ越せばギリ家賃はなんとかなる(区によっては引っ越し費用補助もある)。

 認可保育園はシングルだとかなり入園の優先度が高くなるし、収入が低いと月1万円くらいしかかからない。医療費はそもそも子供はかなりの額が免除されるのでそこも問題ない(なんらかの障害を持たれているお子さんには月5万円ほどの支援や、ほかにも制度があるので調べてみてほしい)。

ワンオペを恐れるな!

 生きるだけならあとは食費とオムツとミルク代を稼げばいい。幸いぼくは常に貧乏なうえに、酒・煙草・珈琲にいたるまで嗜好品は体質的に受け付けず、趣味も読書とゲームくらいなので、普段からだいたい月10万円くらいで生きていた。

 つまり、理論的にはフリーの仕事で月4万円ちょい稼げば生きられるのである。
月に4万なら、普通の人でもネットや人脈を駆使してなんとか稼げる額だ。

 なんだ、けっこうイケるじゃん! 俺はなにがなんでも生きていくぞ! 死なない! この東京を生きてやる! くだらない正論やお為ごかしを口にするお上品なブルジョワジーは無視して、子供のためになりふりかまわず人に迷惑をかけて生きていってやる! 

 ……とまあそんな具合にひらきなおって、図太いメンタルで生きていけばなんとかなるので安心して欲しい。実際そういう気分になったのでなんとかこの時期を生き抜けた。


いや、月6万円で生活なんて無理だから

 今考えると、シングルになっても月6万円程度の支援しかないこの国は、狂っているとしか思えない。どう考えても人間的な生活ができる額ではない。せめて住宅や空き家をなんとかして、住むところくらいは無料にするべきだ。こんな状況で子供を産もうなんて、誰も思うわけがない。

 それはともかく、思い返せばあの時期にぼくが一番つらかったのは、終わりが見えないことだった。

 人は期限のない苦労に直面すると無限の苦しみを想像してしまう。だがしかし、子供は3歳くらいになるとしゃべり初めて人間になる。こうなると精神的にかなり楽である。さらに6歳になると小学校がはじまる。小学校になると自分で学校にいくのだ! あの、なにひとつ自分でできなかった生き物がだ! 

 だからいま大変なあなたは、まずは3年、次の3年という気分で乗り切ってほしい。なんとかなる! 
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海猫沢 めろん


引用元:
1歳半の子どものワンオペを半年して死にそうになった父親の話〔Yahoo!ニュース)