結婚して子どもを持つのが当たり前──。そんな“常識”も今は昔。晩婚化が進み、不妊治療で新生児の16人に1人が体外受精で生まれてくる時代に子どもを持ち、家族をつくるということの意味とは?
いかに良好な卵子をより多く得られるかが重要

 先進国有数の少子高齢化が進行する日本。厚生労働省が発表した2018年の出生数は91万8397人で過去最低を更新した。背景には晩産化や未婚化の進展が大きく影響しているといわれるが、一方で子どもを持つことを望みながら不妊症に悩まされるケースも少なくない。

 日本産科婦人科学会は不妊症を「子どもを望む男女が避妊なしの性交で1年を経ても妊娠に至らない状態」と定義し、子どもを希望するカップルの約10%が該当すると推計されている。不妊症専門クリニックとして約50年の歴史を持つ西川婦人科内科クリニックの西川吉伸先生は次のように語る。

「約50年前の不妊治療は基礎体温や超音波診断装置などで排卵を予測し、その時期に合わせて性交をすすめたり、精子を子宮内に注入する人工授精など、経験や感覚に頼る治療が主だったと思います。しかし、イギリスで成功した世界初の体外受精技術が日本でも1983年から始まり、今や国内で体外受精の専門医療機関は600施設以上に拡大しています」

 そもそも妊娠は女性の卵巣から卵管に送り出された卵子が精子と受精し、子宮に着床することで成立する。不妊症の主な原因は女性の排卵・卵管障害、子宮の病気、男性の無精子症や精子運動能不足などだ。もっとも精子がほぼ毎日製造されているのに対し、卵子は女性が生まれた時点で上限があり、日々死滅して数を減らしながら、初潮以降毎月1個だけ排卵され、最後はゼロ(閉経)になる。

「要は女性の年齢と卵子の“年齢”は同じ。もともと卵子は流産などの原因になる染色体異常を起こしやすく、その割合は年齢とともに高くなります。40歳以上の女性では卵子の70%以上が染色体異常を起こしているとの報告もあります」

 つまるところ不妊治療はいかに良好な卵子をより多く得られるかが重要だ。

「排卵に至らないで死滅する卵子にも良質なものがあり、それを得るための排卵誘発剤や、排卵直前の成熟した複数の卵子を卵巣から採取するため排卵抑制剤も開発されたことが不妊治療を大きく前進させました」


技術の進化で妊娠率が大幅に向上

 当初の体外受精では採取した卵子に濃縮洗浄した精子をかけて受精を待ったが、現在では顕微鏡で見ながら卵子内に細いガラス針で精子を入れて受精させる『顕微授精』が主流。この受精卵を培養器内で一定レベルまで育てて女性の子宮に戻す。

「最近では卵管内の環境により近い成分の受精卵培養液も登場しました。また、培養器は体内と同じ暗い状態にしていますが、かつては受精卵にストレスを与えてしまいかねない光や外気にさらして受精卵の状態を確認する必要がありました。これが現在は培養器に内蔵されたタイムラプスと呼ばれるビデオカメラで培養器の外から受精卵の状態を確認できるようになりました」

 さらに現在では受精卵が子宮に着床する確率を高めるため、事前に受精卵の染色体異常を鑑別する着床前診断も登場した。しかし、この診断は男女産み分けなどにも応用できてしまう倫理的な問題があり、現時点では習慣性流産や重篤な遺伝性疾患になる可能性が高いケースに限って試験的に行われている。この技術で染色体異常のない受精卵を利用すると、女性の年齢にかかわらず妊娠率は60〜70%と報告されている。

 ただ、染色体異常のない良質な卵子を得るためには、前述のようにやはり女性の年齢が大きな壁になる。

「日本の問題は不妊治療を受けている人の多くが40歳前後であること。世界的に見ると不妊治療を受けている人の中で40代は10〜20%台ですが、日本では40%超となっています」

 結果、日本は人口当たりの不妊治療の周期(回数)は世界有数だが、妊娠率は世界最低レベル。やはり不妊治療では技術が進歩した今も年齢の壁が大きく立ちふさがっている。

 このような状況の中、子どもを産むこと、育てることについて現在の日本社会における問題を考えていこう。

 まずは、“2人目不妊”に焦点をあてる。


2人目を望むカップルを阻む大きな“壁”

「2人目の不妊治療は、子育てと仕事の両立の中で、越えなければならないハードルが多すぎます。タイムリミットに向かいながら、悩んでいるうちに日々が過ぎていきます」

 と、不妊治療の環境向上のための活動を続けている特定非営利団体『ファイン』の会員で会社員の秋山智子さん(仮名・39歳)。

「子どもがいるといないでは、不妊治療の悩みがまったく違います。なんといっても、目の前の子どもの幸せが大切になりますから……」(秋山さん、以下同)
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 秋山さんは1人目も不妊治療を経験。8年間にも及ぶ治療を経て、女の子を無事出産した。

「今2歳なので可愛くて可愛くて……夫、義父母、実父母と両家が一緒になって大切に育てています」

 2人目を考え始めたのは出産から1年後。

「次は自然妊娠ができたらいいなと漠然と思っていましたが、現実は難しく、不妊治療の開始に悩む日々を送っています。年齢的に早く始めなければならないのはわかっていますが、不妊治療の流れを知っているだけに、また同じことを繰り返すのかと思うと、気が重くなります」

 治療の大変さを痛感しているだけに、悩みは深い。

「1人目はタイミング法から始めましたが、何回か流産を繰り返してしまいました。検査の結果、夫の精子の運動量が少ないことと、私がプロラクチンというホルモンの値が高いことがわかり体外受精へ進みました」

 プロラクチンというのは、脳下垂体から分泌され生理や母乳に関わるホルモンのこと。値が高いと排卵に影響したり、受精しても着床しにくいという。

「体外受精で妊娠はするものの流産となったり、子宮外妊娠となり、片方の卵管を切除してしまいました」

 やっと5回目の体外受精で念願の出産を果たし、幸せな生活がスタート。出産後1年が経過したころ、2人目を考えるようになった。

「以前は出産だけを目標に頑張れましたが、今は目の前の子どものために頑張ることが最優先。不妊治療を始めるとなると、1人目のようにはいきません」

気力もお金も1人目以上に必要

 子どもが幼いころは、ただでさえ毎日が忙しい。

「子どもを寝かしつけて、一緒に寝てしまうことが多く、自然妊娠でさえ、現実には難しいものがあります」

 不妊治療へ進むにしても、資金面のハードルが待ち構えている。

「1人目の不妊治療で、貯金を使い果たし、自治体から採卵の補助金が受けられるのも、あと1回だけです」

 在住する地域の自治体では、採卵の補助金は6回まで。2人目のために1回分は残すことができたが、それ以上は全額自費となる。

「これから子どもの教育費でお金が必要なのに、1回数十万円という高額な治療費を払うのはためらいます」

 親の収入による教育格差が広がる日本。子どもの将来のために貯金をする時期に、多額の出費はつらい。

 また、男女ともに仕事でステップアップを考える時期。秋山さんも事務職から、フルタイムの営業職に転職をしたばかり。

「以前は午後からの出勤だったので、平日の午前中にクリニックに通うことができました。現在は通うことができるのは土曜日だけ。不妊治療は明日、排卵日なので注射を、薬を、となるので、土曜日だけというのは現実的ではありません」

 そもそも、フルタイムの正社員に転職したのは、子どものため。

「以前の仕事は就業時間が19:00までだったため、子どもの生活に合わせて、18:00までには終わる仕事を探していました。土日休みで正社員という仕事につくというのは、なかなか難しいことなので、今の仕事は手放したくないんです」

 転職したばかりのため、特に今は休みがとりづらいという。さらに、クリニックから足が遠のく理由がほかにも。

「子どもを連れて不妊クリニックに行くのが、気が引けるんです。“1人いるから、もういいんじゃない?”という目で見られますから。自分もそうだったので、よくわかります」

 唯一の救いは、夫が協力的なことと、義父母が2人目を求めないこと。

「夫も義父母も実父母も1人目の不妊治療が大変だったのをわかってくれて、私の身体をいちばんに気遣ってくれています。子どもにも“赤ちゃん欲しい?”と聞くと“いらなーい”ってあっさり言われますから、それが何かの啓示なのかな? と思うこともあります」

 1人目不妊のときは、子どもがいない熟年夫婦や養子を迎えた夫婦と交流があり、いろいろな家族のあり方に出会うことができた。しかし、

「2人目で養子という選択は考えられませんから、自分が産むしかありません。1人目のときに卵子は元気だと言われていたので、不妊治療に進めるかどうかがネックだと思います」

 子どもが生まれれば、つらい不妊治療のことなど忘れてしまうと笑顔を見せてくれた。お金や仕事、何かを犠牲にしなければ難しい2人目の不妊治療。少子化が問題となる中、理不尽な思いがやまない。


2、3人目を産める社会環境を

 前出の西川先生は、

「2人目不妊は続発不妊といい、全体の2〜3割を占めています」

 1人目は自然妊娠をしても、2人目が不妊というケースもある。

「1人目の出産で大量出血をしたり、胎盤が部分的に剥離したり、感染による内膜炎を起こすなど、出産によって妊娠しにくい身体になってしまうこともあります。もともと妊娠しにくい原因があったけれど、1人目はたまたまいい卵子と精子が出会ったという可能性も。ともあれ、いちばんの原因は1人目不妊と同じく加齢です」(西川先生、以下同)

 また、長く授乳を続けると前出のプロラクチンが影響して、黄体ホルモンの分泌が悪くなり、受精卵が着床しにくくなるという。

「男性側にも問題があります。2人目という年齢になると、仕事でストレスがかかることが多くなり、生活習慣の乱れから不妊につながることがあります」

 禁煙やアルコールを飲みすぎないことも大切。

「EDや精液量、精子の数、運動率などが下がってくる年代なので、まずは検査を受けることです」

 1人できたのだからと油断せずにきちんと検査をすることが重要。

「妻の結婚年齢と子どもを持てる確率のデータがあります。20〜24歳までに結婚したら、子どもの数の平均は2・08人。35〜39歳では1・16人です。35歳を過ぎて子どもが生まれた夫婦は、2人目を望んで半年妊娠しなかったら、不妊治療が必要かということは別として、積極的に原因と妊娠しやすい方法を考えたほうがいいでしょう」

 妊娠しやすい方法のひとつは、男性の禁欲期間を長くおかないこと。

「精子は2〜3か月前から作られています。精巣細胞から精子になり、精巣上体というところに蓄えられます。その精子には寿命があって、何か月も放っておくと、死んだ精子ばかりになってしまいます。いつでも出して、新しい精子を準備させておくことが大切です。週に1回は、射精しておくのがいいでしょう」

 また、男性の不妊として

「最近では、精索静脈瘤(りゅう)が原因の造精機能低下による不妊が目立っています」

 精索静脈瘤とは、精巣周辺に静脈瘤(静脈が拡張したこぶ状になった状態)があることで、男性の不妊患者の40%以上に認められているデータもある。それに加え、2人目不妊は資金面の問題も大きいという。

「不妊治療をするにしても、先立つものがないとできません。日本の給与体系は世界の先進国の中で、どの業種をとっても低いクラスにあります」

 前出の秋山さんのように、資金面が不妊治療に踏み切れないひとつの大きな要素であることは確かだ。

「高額となる体外受精の費用のサポートが十分にできていれば、2人目不妊に対応することができ、もっと人口を増やすことができるかもしれません。2人目、3人目を産める社会環境を整えることが大切なのでしょう。それが今、日本ではできていませんから」

 出産には男女ともタイムリミットがある。社会環境の問題を重要視して、制度の改革を早く進めてもらうことが、2人目不妊には大切なことなのだ。

《PROFILE》
西川吉伸先生 ◎西川婦人科内科クリニック院長。医学博士。医療法人西恵会理事、日本産科婦人科学会専門医、日本生殖医学会会員、日本受精着床学会会員、大阪産婦人科医会代議員ほか。


引用元:
〈不妊治療大国ニッポン〉“2人目”を望むカップルを阻む大きな壁(週刊女性PRIME)