92歳の現役保育士が伝えたい親子で幸せになる子育て


大川繁子:小俣幼児生活団 主任保育士

栃木県足利市に、小俣幼児生活団という“ちょっと変わった”保育園がある。「敷地は3000坪超」「最も古い園舎は築170年(ペリー来航より前!)で、足利市の国有形文化財」「園庭はちょっとした山で、池も梅林も灯篭もマリア像もある」――。保育の内容も独特で、いち早くモンテッソーリ教育とアドラー心理学を取り入れ、子どもたちに指示することも、カリキュラムを与えることも一切ない。第1回、2回、3回に引き続き、92歳の主任保育士・大川繁子さんの著書『92歳の現役保育士が伝えたい親子で幸せになる子育て』(実務教育出版)から、子どもに絶対命令してはいけない理由をお伝えする。

子どもは対等な存在
上から目線で命令しない

「さあ、時間だからお片づけして!」

 うちの園では、そんな言葉は一切聞こえてきません。だって、「〜して」は命令でしょう。大人相手にしないことは、子どもにもしないのです。

 これはアドラー心理学の考え方ですが、子どもにも人格があります。身体が小さいだけ。経験や能力が足りず、できないことが多いだけ。決して、大人より劣った存在なわけではありません。ですから、1人の対等な人間としてやりとりするのです。

 たとえば、なにか行動を起こしてほしいときの語尾は、「〜してくれませんか?」「〜してくれるとうれしいのだけど」。命令ではなく、お願いをするのね。これ、仕事でだれかにものを頼むときと同じだと思います。「する」「しない」は相手が考えて、「しない」と決める余地を残す。これがポイントです。

 うちではどの保育士さんも、みんなあたりまえに「ジョウロを貸してくれませんか?」「お着替えをしてくれませんか?」と話しかけています。

「ウチの子はやんちゃだけど、そんな優しい言い方で言うことを聞いてくれるかしら……?」

 そう思われるかもしれませんが、いえいえ、言うことを聞くかどうか決めるのは子ども本人ですよ。あくまで、「お願い」なのですから。

小俣幼児生活団に
ただ1つ存在する「お当番」とは

 同じ理由で、園にはお当番もありません。お当番って、いわば「強制」で「命令」でしょう。だから給食係も、生き物係も、お掃除係も、なんにもない。でも、それで困ったことは一度もありません。

 では、どうしているか。なにか“お仕事”が発生すると、そのたびに保育士が「だれか手伝ってくれませんか?」と聞きます。そうすると必ず誰かが、「ぼくがやる!」と元気に手を挙げてくれるのです(気が向かない子は黙って自分のしたいことをしています)。


 大人にとってお仕事でも、子どもにとっては遊びの1つなのね。それに、子どもたちは「ありがとう」と感謝されることも、とてもよろこびます。

 けれども逆に、「やりたい!」「ぼくがやる!」の声が多すぎて収拾がつかないことがあり、それには1つだけ当番を決めています。それが「オレンジ当番」。果物ではなく、2歳児クラスの名称です。

 うちの園は3〜5歳が一緒に過ごす、縦割り保育です。3歳は、お兄さんやお姉さんを見て育つ。4歳は、自分がちゃんとやる。5歳は、年下の子どもたちの面倒を見るわけです。

 この5歳児さん、とっても頼りになります。保育士がなにも言わなくても、新しく入ってきた3歳児さんに考え方や遊び方、友だちとのコミュニケーションの取り方、図鑑の読み方まで教えてくれるのです。みんな5歳児さんを真似してどんどん成長していくので、保育士は毎年「私たち、やることないわね」と言い合っています。

 それで、縦割り保育に入る前の2歳児さん(オレンジ組)は別の建物で過ごしているのですが、2月になると卒園を控えた5歳児さんが顔なじみになるために、お手伝いにいく時間があります。

 このとき、いつものように「だれか、オレンジ組さんのお手伝いをしてくれませんか?」と聞くと、文字どおり全員が「ハイ!」「ハイ!」と手を挙げちゃう。みんな、小さい子の面倒を見たくて仕方がないのね。

毎回みんなが手を挙げるものだから、「だれか……」と聞く意味がないねって話になり、「オレンジ当番」だけは名前の順に回ってくるようにしようと、子どもたちと話し合って決めました。

 私たち保育士と子どもも、あなたとお子さんも、対等な人間です。命令して、押しつけて、それを聞かなかったら怒る。それは、理不尽ですよね。子どもの気持ちになると、「えーッ、勝手だなあ」ってなりませんか。自分が「えーッ」と思うことは、やっぱりしないほうがいいのです。

「待ってね」と言ったら、
必ず子どもとの約束を守る

子どもの「やりたい」は、なにより大切。没頭する時間が子どもを大きく育てる――。これは園が大切にしている、基本の考え方です。子どもがやりたいと言ったことには、極力応えます。

 でもね、私も3人の男の子を育てましたから、よーくわかります。家では、いつも子どものやりたいようにはさせてあげられません。親にだって仕事があるし、都合があります。忙しいし、毎日すべきことは山積み!子どもの気持ちを尊重ばかりしていては、暮らしが回らないでしょう。

 たとえば夕ご飯の準備をしているときに突然、「公園に行ってダンゴムシを探したい!」と言われても……無理、無理。いくら「やりたい気持ち」が子どもを育てると言っても、子どもの奴隷になる必要はありませんよ。

 こういうときは、いまできない理由を話し、「次の約束」をすると子どもは落ち着きます。

「これからお父さんがお腹ぺこぺこで帰ってくるからね。ママ、ごはんをつくって待っててあげたいんだ。そのかわり、明日の朝早く起きて公園に行こうか」

 大切なのは、このとき交わした約束は、絶対に守ることです。

 ある3兄弟が、引っ越しで全員同じタイミングで入園してきました。そのご家庭はお母さんが忙しくて、ほとんどおばあちゃんが子どもたちの面倒を見てくださっていてね。それは珍しいことでもないのですが、入園後しばらくして、保育士から相談がありました。いちばん上の子が、保育士に「ちょっと待ってね」と言われると、ものすごく怒り出すというのです。


どうしたんだろうね、とゆっくり話を聞いてみると、理由がわかりました。そのおばあちゃんは「待ってね」と言ったら、それでおしまいだったの。言葉のとおり待てど暮らせど、「やりたい」を叶えてもらったことがないんですって。本来「待って」は「あとで」、つまり「あなたの願いはあとで叶えてあげるからね」という約束でしょう。

「ねえ、ママ、抱っこして?」
「いま揚げものをしているから、ちょっと待ってね」
 
このやりとりは、お母さんの台所仕事が終わったら抱っこしますからね、という「約束」が交わされた状態ですね。ところがその3兄弟はいつも、いくら待っても約束を果たしてもらえなかった。歳を重ねてから男の子3人を育てるおばあちゃんの大変さもわかります。「待って」で、その場をしのいでいたのでしょう。

 でも結果的に、子どもたちにとって「待ってね」は、もはや「無理」「あきらめなさい」の意味になっちゃった。もっと言えば、期待を裏切られた記憶になっていたのね。

アドラーの教え
「大人と子どもは対等な関係」

 アドラーは、大人と子どもは対等な関係だと言いました。大人同士だったら、約束を守るでしょう?それなら、子どもに対しても守らなきゃ。相手が子どもなら約束を反故にしても許される、なんてことはないのです。その後、誤解が解けると、3兄弟はよく育ちましたよ。

 できることは、できるだけ叶えてあげる。
 でも、子どもの奴隷になる必要はない。
 できないことは、理由をしっかり話す。
 そして、約束したなら絶対に守り切る。

 そうすることで、親は子どもの信頼を得ていくのです。

(小俣幼児生活団 主任保育士 大川繁子)


引用元:
アドラーに学ぶ子育てのコツ「子どもに絶対命令してはいけない」の効き目(ダイヤモンド・オンライン)