RSウイルスは「アールエスウイルス」と呼びます。あんまり聞いたことないでしょ。

 呼吸器感染症……、つまり 咳せき とかくしゃみの原因になるウイルス感染で、基本的には冬に流行しやすいのです。ところが、今年はなぜか初秋の9月に流行している。もう9月を秋と呼ぶべきなのかも最近は若干疑問ですが。日本は四季が豊かな国、と言われたのは過去の話で、あと10年たつと夏と冬しかなくなるんじゃないか、とマジで思っています。

 さて、RSのRとSとはなにか。これは呼吸器(respiratory)と合胞体(syncytium)から来ています。呼吸器に感染を起こすと、そこの細胞が集まって合胞体というものを作りますよー、という色気もなんにもない名称です。ま、病原体に色気もなにもないのですが。

 実は、このウイルスはもっと色気のない名前を持っていました。最初にウイルスが発見されたのが1956年だったのですが、風邪をひいたチンパンジーから見つかったんですね。で、最初はチンパンジー風邪病原体(chimpanzee coryza agent, CCA)と呼ばれていました。

 一応、RSウイルス感染はいわゆる感染症法で5類に分類されていて、定点観測、報告がされています。

 でも、そのわりに話題に上らない。なぜか。

 それは、RSウイルス感染症に、根本的な治療法や予防法がないからなんです。じゃ、なんで報告させるんだ?というのはごもっともなご意見。

 厚生労働省は「対策の効果(アウトカム)」が出ない感染症でも報告させるんです。これぞ、お役所仕事です。本当は、対策の結果が出せる感染症に絞って報告させたほうが、公衆衛生での利益は大きいのにね。意味のない仕事をさせると人は萎えますからね。こういうのがブラック体質なんですよー。

手洗いや手指の消毒で接触感染の防止を
 ま、それはさておき。

 ぼくは普段、このウイルスとは取っ組み合わないのです。これ、基本的に小さなお子さんの感染症で、小児科の先生の方がご案内だと思います。1歳未満の小さなお子さんの気管支炎の原因として有名です。

 では、大人だとこのウイルスは無関係かと思えばそんなことはありません。

 もう何十年も昔の話になりますが、ぼくがニューヨーク市の病院で研修医をしていたときの話です。

 集中治療室(ICU)で治療していた高齢患者がRSウイルスによる肺炎だったのです。当時はこれという治療法もなく、とても大変だった記憶があります。 羹あつもの に懲りて 膾なます を吹く、ではないですが、このあとしばらくの間、ICUの上司は重症肺炎が見つかると全部RSウイルスの検査をしていました。

 前述のようにRSウイルスには効果的な予防法がありません。つまり、ワクチンがないのです。これはウイルスの抗原が多様なためなのかもしれません。というわけで、人間の免疫記憶もがっちりとは獲得できません。麻疹のように「一度かかったら一生かからない」という終生免疫がつきませんから、何度でも感染が起きます。そうは言っても、子供が大きくなるに従ってRSウイルス感染は起きにくくなりますから、やはりそれなりに免疫はついているのでしょう。

 RSウイルスの感染は、ほとんどが接触感染です。つまり、ウイルスのついた目とか鼻とかを手で触り、その手で別の人を触って感染するのです。咳とかくしゃみで 飛沫ひまつ が飛び散って感染する「飛沫感染」も起きるようですが、飛距離は短くてせいぜい1メートルあるかないか。例えば、インフルエンザウイルスの飛距離が数メートルくらいと言われていますから、RSウイルスはまあ、インフルエンザほどの感染力はないのですね。

 というわけで、咳をしていて「RSかな?」と思ったとき、とくにRSウイルスが流行している時期、地域では、感染に弱い小さな子供に近づかない、触らない、触るんだったらよく手を洗うというのが大事になります。せっけんと水でも十分にウイルスを排除できますし、アルコール製の手指消毒薬でも大丈夫です。まあ、ワクチンはないんですけど、それなりに対応はできるというわけです。

 さて、治療について。

 すでに述べたようにRSウイルス感染に対するこれといった治療法はないのが現状です。現在は外来で簡単にRSウイルスの検査ができるので、「あ、あなたRSウイルス感染症ですね」と診断することはできます。できますが、その先がない。まあ、せいぜい、無意味な抗生物質を出さない、という比較的消極的な意思決定にしか役に立たない。

 もっとも、RSウイルス感染症は基本的に自然に治っちゃう感染症なので、特別な治療は原則必要ないです。治療法がないからといって、そうそうビビってしまう必要もないのです。

 とはいえ、気管支炎とか肺炎で重症、入院を必要とする小さなお子さんもいらっしゃるのは事実です。

 そのとき、伝統的に使われてきたのがリバビリンという抗ウイルス薬です。ビニールテントの中に薬を 撒ま き散らして、これを吸い込んでもらって治療する、というちょっと変わった治療法をアメリカなどでは用いてきました。

 ただ、このリバビリンは実験室の中ではRSウイルスに効果を示すのですが、実際に患者さんに使うと、あんま、効かないよね、と言われてきました。臨床試験でもこれという効果が示せない。というわけで、アメリカでもリバビリンはあまり使われなくなりました。

国への届け出の意味に???
 最近になって、このRSウイルスをターゲットにしたモノクローナル抗体が出ています。パリビズマブというお薬です。ちなみに、抗体のお薬の名前にはみんなお尻にマブとかアブが付きます。これはab(antibody=抗体)の意味です。ざっくり言えば、抗体というのは人間がつくる免疫能力の一種なのですが、これを外から注射して治療に使っちゃえ、というわけです。

  ところがですね、このパリビズマブ。理論的にはRSウイルスにくっついてやっつけちゃう薬なのですが、いざ、臨床試験で使ってみると効果が全然示されませんでした。しかも、抗体のお薬は一般的にそうなのですが、このお薬、とても高い。1瓶、12万円以上します。

 そんなわけで、現在、パリビズマブは保険収載されてはいるのですが、免疫不全のある新生児など、一部の患者にのみの限定使用とされています。

 このように、「実験室では効果が期待されるんだけど、実際に使ってみるとそうでもなかった」という医薬品はたくさんあります。だから、動物実験とかだけではなく、ちゃんと人間の患者を対象にした臨床試験が重要になるのです。昔は「人間を使って実験するなんてもってのほか」なんていう意見もありましたが、「効くか効かないか分からない薬を患者にいきなり試す」方がずっと「もってのほか」なのです。

 それにしても、RSウイルスの届け出。結局なんの役に立つんでしょうねー。発生件数だけならレセプトデータで吸い上げれば分かる話なのに。効果の根拠(エビデンス)がない医療政策を続けるのも罪なのだ、という「常識」が日本でも普及してほしいものです。エビデンスのある診療が「常識」になるまでにとても時間がかかったので、同じ失敗は繰り返してほしくないなー。(岩田健太郎 感染症内科医)

引用元:
乳幼児の気管支炎を招くRSウイルス 秋に流行することも(yomiDr.)