私が妊娠に気付いたのは、フィンランド生活が2年目に入ったところだった。フィンランド語はまだまだ勉強中で難しく、歯医者の予約さえ夫に頼まなければいけない、そんな右も左もわからない状態の頃だ。

(ネウボラおばさん心強い)
それでも子供はフィンランドで産むことに決めた。外国で怖くなかったんですか? とたまに聞かれる。けれど当初は、お産自体初めてだから日本での勝手もわからないし同じだろう、と大雑把な気持ちだった。フィンランドでなら医療費全部タダ、というのも、大きかった。まあ実際のところは全部がタダというわけにもいかず、予想を裏切られることもあったのだけれど。

ともかくそんな思惑があり、自宅で市販の妊娠検査薬を使い妊娠がわかったあとは、夫に頼んでネウボラという機関に電話してもらった。

ネウボラは、日本でいう婦人科のような場所だ。各地域にあって、妊娠中から出産後の子供の健診など、子供が小学校に上がるまでずっと面倒を見てくれる。

日本の婦人科と少し違うのは、毎回の診察で会うのは医者ではなくネウボラに特化した保健師であること。そしてその保健師は親しみを込めて、ネウボラおばさん、と呼ばれている。

フィンランドには出産のプロのおばさんがいる予約のための電話口に出たそのネウボラおばさんに、夫が照れながらも「妻が妊娠したんですけど」と伝えると、そんな電話はしょっちゅう受けているであろう相手は手放しに「まあおめでとう!」と明るく言ってくれたそうだ。私は残念ながらその場にはおらず後からそれを聞いただけだったのだけれど、ちょっと感動した。初めての妊娠で、夫婦ともにわくわく感と、どうしようどうしよう何から始めようと右往左往する気持ちを抱えているときに、プロであるネウボラおばさんにまずはおめでとうと言ってもらえたこと。素直に妊娠を喜んでいいんだ、と認められたような気分になった。さらに電話口の人は、我が家の担当者になるネウボラおばさんを決める際「せっかく初めてなんだからベテランの人にしておくわね」と気遣ってくれ、その他妊婦に必要なサプリや栄養面で気をつけなければいけないことなど丁寧なアドバイスをくれた。そこまではよかった。(アットホームなネウボラ内)

けれどその後、じゃあこの日に初回の予約を入れておきますね、と告げられたのは妊娠8週に当たる、その電話からひと月も先の日付だった。既にしっかりとした吐きつわりがあった私は、それでも本当に妊娠しているのか、しているなら子供は無事なのかと不安だった。まだ早すぎて家族や友人に相談もできない段階だ。

早く診てくれよ、と焦る気持ちを抱えて私はそのひと月を過ごすことになる。

それでも、疑問が生じたらネウボラに電話して聞けたのはよかった。その電話に逐一丁寧に答えてくれたネウボラおばさんたちのおかげで、私たち夫婦はだいぶ救われた気がする。それは初回のネウボラ訪問の後でも、子供が産まれてからでも、同じだった。妊娠中のちょっとした異変や、子供の育て方についてわからないことがあれば電話をしてアドバイスをもらった。下手な育児書よりも確実で、安心できる情報源だからだ。

そもそも妊娠用語がわからない
その一方で、妊娠がわかってまず私が取り掛かったことがある。妊娠用語集を作ることだった。

英語でも、ましてや日本語でさえも聞きなれない単語がたくさんある妊婦生活だ。助産婦、胎児、胎盤、羊水、エコー検査、つわり、こむら返り、陣痛…。それらをフィンランド語と英語の両方で言えるように表にまとめた。

それから各種書類仕事のスケジュール表も。産まれてくる子供は21歳になるまで、国籍留保といって、日本国籍とフィンランド国籍の両方を持つことになる。そのためには大使館だったりこちらの住民登録所であったり色々手続きが必要で、漏れがないようにチェックした。

また、日本に一時帰国した場合も視野に入れ、子供の各種健康診断や予防接種のスケジュールもフィンランド版と日本版の対応表を作った。

それらの表を眺めながら、これはなんだか大変なことになるぞ、と覚悟した。

そもそも夫との入籍自体も煩雑な書類仕事が山のようにあり(日本から戸籍謄本を取り寄せ、独身証明書的なものを作り、フィンランドで入籍し、日本の婚姻届に記入し、パスポートを変更し、などなど……)かなり面倒だった。海外で子供を産んで、いわゆる「ハーフの子」として育てるのは、簡単なことではない。

妊娠はそのための入門審査のようで、私はつわりと戦いながらも、一人武者震いする思いだった。

引用元:
フィンランドで産んでみた!(武者震い篇)|フィンランドで暮らしてみた(エキサイトニュース)