「女性総合診療科」を打ち出し、婦人科の診療や予防医療に注力するだけではなく、コミュニティカフェの運営やNPO法人の代表として各種イベントも開く「井上レディースクリニック」(東京都立川市)の院長の井上裕子氏。従来の産婦人科像とはかけ離れた運営を行う最も大きな理由は、人として地域を見る井上院長の眼差しにあった。(2019年5月14日にインタビュー、計2回連載の2回目)
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――「女性総合診療科」というコンセプトがユニークであるだけでなく、設備にも目が留まりました。ジムやプールも備えているそうですね。
はい。予防医療を推進するために作りました。当院は元々、立川駅の近くにあったのですが、私に代替わりした後の1996年にこちらに新築移転しました。現在の建物は延べ床面積800m2の4階建てで、病床は19床。2階にプールと運動ができるスタジオを備えています。
運動はさまざまな病気の発症リスクを下げるだけではなく、出産に当たっても安産の可能性が高まるので有効です。さらに当院では将来的に運動を通したがん患者さんへのリハビリテーションを行っていく考えもあり、設備を整えました。
医療機関で運動不足を指摘されてもその人に合った方法を教えてもらえないことが多いのではないでしょうか。当院にはアスレチックトレーナーや健康運動指導士、マタニティインストラクターの資格を持つスタッフが常駐していて、具体的な運動療法を指導しています。
院長の井上裕子氏
――その一方、クリニックの隣には「コミュニティビル」も作りました。
2018年11月に新設オープンした「安庵(あんあん)」は、患者さんだけではなく地域の方もご利用いただける3階建てのコミュニティビルで、1階に保育所と薬局、2階にコミュニティカフェとセミナールーム、3階に女性専用のフィットネスジムを備えました。開設した理由は、地域の女性が安心できるよりどころを作りたかったからです。
当院は患者さん向けに様々なイベントを行っていて、当院で出産した1歳までの子と母が集う「抱っこカフェ」、障害児とその母向けの「カフェはぐはぐ」、乳がん患者の会「オリビア」が挙げられますが、こうした活動を土台にした上で、おいしい食事やお茶、お酒を楽しみながらの交流もあるとさらに喜ばれるだろうと思いました。テーマは「産婦人科から始まるコミュニティデザイン」です。
――医師の口から「コミュニティデザイン」が出るとは新鮮です。なぜ医師がそんなことを考えるのですか?
私は日曜日に一人でお茶を飲むことが多いんですが、カフェの中から街を見ていると、一人で歩いているご高齢の方が目立つんですよ。結婚していなかったり、パートナーに先立たれていたり、子どもが成人して遠方に住んでいたりといろんなケースがあると思うんですが、そんな一人の方々がお昼の2時ごろになるとぞろぞろと安くなった百貨店のお弁当を買っていかれるわけです。一人でお家に帰って食べるんだろうなと。駅周辺にある飲食店は高級なお店ほど家族利用が多いから一人だと食べづらいんじゃないかな、チェーンのカフェは若い人が多いし、とこんなことを考えることが度々ありました。
一人でも落ち着いてご飯が食べられる場所があって、夜はお酒を飲めて、そこで映画が流れていたり、時には音楽コンサートが催されていたりしたらいいんじゃないかなと。孤独な人を救うというと大げさですが、日常の中でほんの少しでも気持ちがほっこりする瞬間を私が作れるんじゃないかなと思ったんです。
コミュニティカフェは木曜日を除いて朝の10時から夜の10時まで営業していて、メニューはお店独自の低糖食や薬膳料理、健康事業を展開するタニタとコラボレーションしたものといったように健康にも着目した内容にしています。開店当初は患者さんやそのご家族が多かったのですが口コミで知られるようになり、現在は地域の方の利用が過半数を超えています。
クリニックが運営するコミュニティビルのカフェ
――取材する前までは産婦人科の環境変化に応じて戦略的にクリニックの運営を変えたのではないかと思っていたのですが、そうではなかったのですね。医師というよりは人としての視点だったのだなと。
地域で生まれ、地域で亡くなっていく人にとって何があるといいかを考えた結果だと思います。私は子どもの頃からガールスカウトやボランティア活動を行い、文系の学部を卒業して医学部に入りなおす過程で新聞記者に憧れた時期もありました。医学部に入ってからも、経営コンサルタントの大前研一さんが創設者であり、「主体的市民」の輩出をめざす「一新塾」にも参加しました。医師になってからはその塾で学んだことを生かして情操教育や親子教育、予防医療の啓発などに取り組むNPO法人「マザーシップ」を立ち上げ、子育て団体と協力して地域に向けたイベントなどを開催してきました。
そういった活動を重ねる中で、「一人の人間として地域をどう見るか」といった視点が養われたのかもしれません。
――最後に、今後の展望をお聞かせください。
当院にある病床を生かして、3年後を目標に緩和ケアに取り組みたいと考えています。国は在宅医療を推進していますが、患者さんの終末期を支える資源が日本では不足していて、ご自宅で十分に看取りまでの環境を整えられる人は多くないでしょう。実際に、胃がんの末期の患者さんでどの病院も受け入れてもらえなかった人に病床を提供し、こちらで看取ったこともあります。どのような形をとるかは検討していく必要がありますが、「ゆりかごから墓場まで」をテーマに実現を目指したいですね。
コミュニティビルには女性専用のフィットネスジムもある
◆井上 裕子(いのうえ・ゆうこ)氏
1977年共立女子大学文芸学部を卒業。1984年帝京大学医学部を卒業。祖父の代から続く産婦人科を継承し、1990年に「井上レディースクリニック」(東京都立川市)院長に就任。以来、「地域の女性に寄り添うかかりつけ医」をテーマに婦人科の診療と予防医療にも注力。コミュニティカフェを運営し、NPO法人「マザーシップ」の代表としてイベントを開くなど地域に向けた活動も行う。
引用元:
【東京】コミュニティカフェ運営や地域向けイベント開催、従来とは異なる産婦人科に成長した理由‐井上裕子・井上レディースクリニック院長に聞く◆Vol.2(m3.com)