「第三者の関わる生殖医療の未来」テーマにシンポ
気が進まぬ精子提供による不妊治療を繰り返し、心身の健康を害した妻
8月1日と2日、第37回日本受精着床学会総会・学術講演会が東京・新宿で開催され、その中の一つのシンポジウムの座長を、岡山大学大学院の中塚幹也教授とともに務めさせていただきました。テーマは「第三者の関わる生殖医療(不妊治療)の未来」と、とても難しいものです。発表者およびシンポジストは医療者、大学教員、心理士、そして「実際にAID(精子提供)によって出産をした当事者」で、会場はほぼ満員となりました。
第三者が関わる生殖医療とは、夫の精子、妻の卵子、もしくは子宮など、妊娠・出産に必要な要素がそのカップルにない場合、第三者の力を借りて、子供をもつことを目指す医療を言います。
法律なく、海外渡航する夫婦も多く
例えば「精子提供」「卵子提供」「代理出産」などがこれにあたり、現在日本で実施されているものは、少数の「精子提供」と「卵子提供」です。日本に生殖医療に関する法律はないので、どれも禁止されているものではないのですが、学会の自主規制やガイドラインなどがあるため、多くは行われておらず、当事者はこれらを受けるために海外に行くケースも珍しくありません。
こうした第三者が関わる不妊治療においては様々な問題が山積みで、常に倫理的な問題が取り沙汰されます。中でも、生まれた子供の福祉に関すること、特に「出自を知る権利」(自分がどうやって生まれてきたか、自分の遺伝的な親は誰か、などを知る権利)は、長年の課題とされてきました。
このシンポジウムをきっかけに、「非配偶者間生殖医療」に関するこれまでの様々な出来事を思い出したので、今回はAID(精子提供による非配偶者間人工授精)について取りあげます。一般的な不妊治療自体がまだ正しく知られていない日本で、さらに知られていないAIDについて、皆さんと一緒に考えることができればと思います。
夫以外の(第三者の)精子を使って不妊治療を行い、出産する……。これは、とても特殊なことだと思われるかもしれません。この話をすると、大抵ひどく驚かれます。相手が不妊当事者でない場合はなおさらです。
精子提供は国内で70年以上前から実施
しかし実は、日本においてこのAIDは、戦後すぐの1948年からもう70年以上も実施されていることなのです。精子提供者(ドナー)は匿名での提供を行っており、その治療を受ける夫婦も血液型以外のドナー情報は知りません。慶応大学で始められ、この治療で生まれた人は1万人とも2万人ともいわれており、最高齢の方はおそらく70歳を超えているでしょう。そのほとんどが、自分自身の出自(AIDで生まれてきたこと)について知らないだろうと言われています。しかし、中には生まれた子供が自分の出自を偶然知ってしまい、深く悩み、その後の人生に大きな影響を与えることもあります。
「自分のせいで……申し訳ない」と夫が妻を説得
メーカー勤務のSさんは、結婚4年目で夫婦ともに病院へ行き、夫の男性不妊がわかりました。無精子症と診断されて手術も受けたのですが、残念なことに精子は全く見つからなかったそうです。夫婦はとてもショックを受け、一度は子供のいない生活や養子縁組も考えたのですが、夫がAIDを強く望んだため、それを受けることを決意しました。実はSさんは非常に気が進まず、「それなら養子を迎えて育てたい」と夫に提案したものの、夫は聞き入れず「自分のせいで子どもが持てないなんて申し訳ない。せめて君の血がつながった子どもが欲しい」とSさんを説得したのでした。
Sさんの苦労はここから始まりました。毎月のように遠方の病院まで通い、その都度、心からは望まぬ治療を受け、妊娠がかなわず、打ちのめされることの繰り返し。人工授精の妊娠率は5%程度と決して高くないのですが、日本ではドナーを使っての体外受精は行われていないため、この人工授精を繰り返すほかありません。
仕事との両立、実家や夫の両親とのやりとり、ほぼ毎月のように上京して治療を受け続ける体力と精神力も必要です。もちろん、それに伴い経済的負担も大きくのしかかってきます。2年ほどこうした生活を続けてきた結果、Sさんはとうとう心身ともに健康を害してまいました。夫も、そこでようやくSさんの悩みの深さに気づき、治療を中断しました。今は夫婦二人の生活を送っていて「これからのことは、ゆっくり考えよう」と話しているそうです。
無事出産に至った夫婦「真実は墓場まで持っていく」
もちろん、無事に出産に至ったケースもあります。
不動産関連の会社に勤めるAさんは、結婚が遅かったため、年齢を考慮して比較的すぐに病院へ行き、そこで夫の不妊がわかりました。思いもよらなかった現実に絶望する中、子供を持てる唯一の方法と聞き、夫妻はAIDを受ける決意をしたそうです。治療をしているとき、Aさん夫妻はAIDのことはおろか、病院に通っていることも、両親、友人など周囲の誰一人にも話さず、二人だけの秘密にしていたそうです。幸いなことに3回目の治療で妊娠し、かわいらしい女の子を出産しました。夫はこれ以上ないほど幸せそうで、まさに目の中に入れても痛くないかわいがりようとのこと。幸せそうなAさんは真実の告知はする気はないそうで、「子どもに事実を話すつもりありません。このことは私たち夫婦が墓場まで持っていきます」と話しました。
「家族の出来事すべてがウソだった」 事実を知ってショック
ここで視点を変えて、生まれた子供の立場で考えてみましょう。
私はFineの活動を通して、AIDで生まれたという方たちにも話を聞いています。それまでは想像もつかなかった「出自を知る権利」の重要さに、その時、初めて気が付いたのです。自分と父親の血がつながっていない、しかも、その父親がどこの誰かわからないということは、決して一般的なことではありません。それを思春期に突然知ってしまったら、どれだけショックなことでしょう。
当事者の方によると「これまでの家族の出来事すべてがウソだった」と感じ、「自分の半分がぽっかりなくなってしまったような気持ち」になるとのこと。それは多感な時期でなくても、どれだけつらいことでしょうか。この話を当事者の方から直接聞いた時、私は初めて、自分の親を知る権利、誰しもが当たり前のように「権利であること」すら意識もしないままに持っているこの権利の重要さについて、深く考えさせられました。
「知らぬが仏」という言葉もあるように、一生知らずに幸せに過ごせたら、それもありなのかもしれません。しかし、AIDで生まれた子供の中には「幼いころから父親に対して何らかの違和感を覚えていた」という人も少なくありません。子供の福祉(幸せ)を考えた場合、どうしても、この「出自を知る権利」をおざなりにすることはできないと思います。このように「生まれた子供の権利」を守るためには、やはり何らかの法整備が必要になるところなのですが、この生殖医療に関する法整備は10数年間ずっと 膠こう着ちゃく 状態のままです。これは大きな課題であると言わざるを得ません。
子供に出自を知る権利を 5年前に法整備への要望書提出
もう5年前になりますが、私が代表を務めるNPO法人Fineも自民党政務調査会「生殖補助医療に関するプロジェクトチーム」への意見書・要望書を6団体(※)共同で提出しました。(2014年4月11日)
不妊や不妊治療、またこのAIDに関しては様々な団体があり、それぞれの活動の方向性によって法整備に対する主張の違いはあります。しかしながら、6団体の要望書の中で唯一、一致した点がありました。それは「生まれた子供の出自を知る権利を認めてほしい」ということでした。
しかし、残念ながらこのプロジェクトチームは、その後、動きが止まってしまっており、様々な事情によって日本でスムーズにこの治療を受けることが難しい状態です。そのため精子提供だけでなく、卵子提供を求めて海外まで治療に行かざるを得ない不妊当事者が後を絶ちません。法整備は喫緊の課題であるといえるでしょう。
最後に、不妊治療の本当の主役、つまり当事者は、それを受ける夫婦よりも、それによって生まれてくる子供だと、私は個人的には強く思っています。生まれてくる子供が幸せに一生を終えてこそ、その不妊治療は初めて「成功だった」と言えるのではないでしょうか。子どもの幸せなくして、いったい何のための治療なのか、と思うのです。
どうか一日も早く日本でも法制化が進み、一人でも多くの子供が望まれて生まれ、愛されて育ちますように。不妊治療がそのための素晴らしい手段となりますように、と、願ってやみません。
引用元:
気が進まぬ精子提供による不妊治療を繰り返し、心身の健康を害した妻(yomiDr.)