「おっぱいを飲んでくれない」「抱っこのしかたが分からない」――。出産後の母親に不安や悩みは多い。山梨県笛吹市の健康科学大学「産前産後ケアセンター ママの里」は、様々な悩みを抱える母親と赤ちゃんに助産師が24時間態勢で付き添う。育児のヒントを伝授し、母親自身の体調も整えてもらう宿泊型の産後ケア施設だ。

山梨県は出生数が8年連続で減少している。人口減少に歯止めをかけるため、子育て支援は最重要課題の一つだ。しかし、各市町村が個別に宿泊型の産後ケア事業を実施するのは難しい。そこで県が全27市町村と共同で「産後ケア事業推進委員会」を立ち上げ、この事業の運営を委託しているのが同センターだ。

共用の多目的ルームや宿泊室を備え、広めの部屋で赤ちゃんの兄や姉と一緒に泊まることもできる。地元温泉のジャグジー付き浴室も完備。睡眠不足の母親がゆっくり眠れる工夫もしている。同じ悩みを抱えた母親同士の交流も可能だ。

「日帰りや1泊でも利用できるが、3泊4日程度の滞在を勧めている」と榊原まゆみセンター長は説明する。初日は普段通りの生活をしてもらい、助産師が細かく観察する。抱っこの際の赤ちゃんの姿勢や抱え方、おっぱいの飲ませ方、入浴のさせ方、寝かしつけ方など、助産師が気づいた点を基に支援計画を練る。

そして滞在中に少しずつ工夫して、楽な育児の方法を探っていく。榊原センター長は「こちらの考えを押しつけるのではなく、自宅に戻って赤ちゃんと2人になっても困らないようにすることが何より大切」だと強調する。

「突然、不安になったり泣きたくなったりする」「夫が出張で夜、赤ちゃんと2人になるのが不安」と、来所した時の母親の表情は緊張した様子。しかし帰るころには「夜も話を聞いてくれて、気持ちが楽になった」(37歳の母親)、「自分が何を知らなかったのかわかった」(20代の母親)と穏やかになっていた。

原則として産後4カ月までの母子が対象で、県民であれば1泊6100円の自己負担で利用できる。料金の8割を県と市町村が助成する仕組みだ。2016年度の利用者は県内各地から延べ204人だったが、18年度は406人と倍増した。うち助成のない県外からの申し込みも9人あった。

それでも、榊原センター長は「利用すべき人の一部しか使ってもらえていない」と指摘する。産後うつなどの問題を抱える母親を10人に1人と想定し、出生数が年間約6000人(開所した16年)の山梨県で、利用者は少なくとも600人とみていたからだ。

「母親への告知が不十分な面もあるが、それ以上に特別な理由がないと利用できないとの誤解がある」と榊原センター長は言う。センターでは24時間の無料電話相談も受け付けている。「いつでも頼れる実家のような存在」という施設の狙いをいかに浸透させることができるかが課題だ。


引用元:
山梨県の宿泊型「ママの里」 助産師24時間付き添い 健康科学大学「産前産後ケアセンター」(日本経済新聞)