男性の亜鉛不足は不妊をまねく

 「残念ながら、男性がこれを食べたら精子の質がよくなって妊娠率が高まるという絶対的な食品や食事法はありません。鰻、スッポン、ニンニク、ペルー産のマカなど、精力がつく食べ物と言われるものはありますが、実は、科学的に誰もがうなづける形で、男性の生殖能力を高める効果が証明されている“絶倫食”はない。私たちの研究チームでは、約2000人の日本人の男性不妊の患者さんの食事内容と精子濃度や精子のDNA損傷率などとの関係を調べましたが、科学的に生殖能力を上げる食品は見つかりませんでした。海外では、内臓肉や赤身の魚肉の摂取量が多いほど正常形態精子率が有意に高かったなどの報告(*1)があります。しかし、日本人は、アメリカンスタイルのファストフード、中華料理、イタリアン、インドカレー、パン食、米飯と味噌汁も食べる。世界一の雑食民族ですから、日本人の食生活と生殖能力の研究は非常に難しい面もあります」

 そう指摘する岡田さんが長年、男性不妊の治療・研究を行ってきた中で、近年、みられた変化がある。それは、精子の生成や性腺機能に必要な亜鉛が不足している男性が増えていることだ。

 獨協医科大学埼玉医療センターの男性不妊外来を担当する岩端威之医師を中心に、2018年1月〜19年5月に受診した26〜55歳の男性297人の血中亜鉛濃度を調べたところ、潜在性亜鉛欠乏症(血中亜鉛濃度60〜80μg/dL未満)が31.3%(93人)、亜鉛欠乏症(同60μg/dL未満)が0.7%(2人)だった。男性不妊外来受診患者の32.0%(95人)が亜鉛不足だったのだ。

 1回の採血結果だけでは評価が難しいが、結果的に亜鉛が不足気味だったグループは、正常群に比べて、精液量と精液の亜鉛濃度、精子の前進運動率が、有意に低いことが分かった。また、現在までのデータでは科学的に有意な差はないものの、総精子数や運動率、精子DNA損傷率は、血中亜鉛濃度正常群のほうが、良い傾向がみられた。

まず血中亜鉛濃度のチェックを

 「潜在性亜鉛欠乏症では自覚症状がない人が多いものの、亜鉛欠乏症になると、味覚障害、貧血、勃起不全、精子減少症といった症状が出ます。30年前には、男性不妊の患者さんでも潜在性亜鉛欠乏症の人はほとんどいませんでした。亜鉛欠乏の原因は、食材自体の亜鉛含有量の低下、食品添加物、銅・鉄・カルシウムの過剰摂取、亜鉛を排出しやすい薬(レニン・アンジオテンシン系降圧剤(商品名・カプトリル)など)の内服、レバー類など亜鉛を多く含む食品の摂取量が減少していることなどが考えられます。血液検査で亜鉛濃度を測り、もし潜在性亜鉛欠乏症なら、亜鉛の多い食品を意識してとるといいでしょう。亜鉛欠乏症の場合には、亜鉛を補充する治療薬もあります。潜在性亜鉛欠乏症の人は、1日15mg程度の亜鉛サプリメントを補充すると、3〜4カ月で血中亜鉛濃度や精液中の亜鉛濃度が正常値になることが多いです。気になる方は、まず血中亜鉛濃度のチェックをお薦めします」と岡田さん。

 現在、同センターでは、亜鉛内服治療による精液検査所見の変化について、さらなる研究が進行中だ。

 「日本人の食事摂取基準(2015年版)」の1日の亜鉛の摂取推奨量は、15歳〜60代の男性で10mgだ。亜鉛が多く含まれる主な食品は、牡蠣やホタテなどの貝類、牛、豚、鶏のレバー、鰻、ナッツ類などがある。「日本食品標準成分表 2015年版(七訂)」によれば、例えば、牡蠣フライ5粒(60g)には7.1mg、豚レバー(生)70gには4.8mg、牛肩肉(赤肉、生)70gには4.0mg、鶏レバー(生)70gには2.3mgの亜鉛が含まれる。

CoQ10、ビタミンD、葉酸で抗酸化力アップを

 また、「精巣が酸化ストレスによってダメージを受け、DNA損傷のある精子の割合が高いと、女性側に問題がなくても、妊娠が成立しにくい状態になります。精子のDNAの損傷を防ぐには、喫煙者はまずは禁煙すること、さらに、機能性成分としては抗酸化作用のあるコエンザイムQ10(CoQ10)の補充が有効です。特に、精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)、OAT症候群(乏精子症、精子無力症、奇形精子症)の人は、CoQ10の服用によって精子濃度や精子運動率、総抗酸化能が改善することがわかっています」と岡田さんは解説する。

 精索静脈瘤とは、静脈の逆流を防ぐ弁の不具合によって、精巣から心臓へ戻るはずの血液の逆流が起こり、精巣にこぶのようなものができた状態。血流が滞るため、精巣内が(1)低酸素状態になる、(2)酸化物が蓄積しやすくなる、(3)こぶが存在することで精巣(睾丸)の温度が上昇といった影響がある。痛みや違和感などの自覚症状が出る人は少ないため気づかない男性が多いが、一般男性の1〜2割、男性不妊患者の3〜4割に精索静脈瘤がある。男性不妊の要因のトップは特発性(原因不明)だが、2番目に多いのが精索静脈瘤だ。

 精索静脈瘤の治療は顕微鏡下精索静脈瘤手術が主流だが、何らかの理由で手術ができなかったり、本人が希望しない場合には、CoQ10、ビタミンC、ビタミンEによる抗酸化療法などを検討する。精索静脈瘤以外に原因がないとみられる19〜40歳の男性不妊患者38人に1日100mgのCoQ10を投与したイタリアの研究(*2)では、12週間で有意に精子濃度、精子運動率が改善した。

 岡田さんら獨協医科大学埼玉医療センターの研究グループが、CoQ10が120mg、ビタミンCを80mg、ビタミンEを40mg含む抗酸化サプリを3〜6カ月、OAT症候群の男性(平均年齢36歳)169人に投与した研究(*3)では、服用前に平均2,630万/mLだった精子濃度が、3カ月後には3,750万/mL、6カ月後には4,900万/mLに上昇した。平均精子運動率も服用前25.2%から3カ月後には39.1%、6カ月後には41.3%に改善し、48人(28.4%)のパートナーが妊娠、そのうち16人(9.5%)は自然妊娠だった。18年には、これらのサプリメント内服で精子DNA損傷率(DFI)が有意に改善したとのデータも得られている。

 さらに最近、男性の不妊との関係が注目されている栄養素がビタミンDだ。健康な男性300人の血中ビタミン濃度と精液の状態を調べたデンマークの研究(*4)では、血中ビタミン濃度が低い群(25mol/L [約10ng/mL]未満)では、高い群(75mol/L[約30ng/mL]超)に比べて、明らかに精子の運動率と正常な形態の精子の割合が低かった。

 「これまでのCoQ10やビタミンC、ビタミンEに加えて、ビタミンD、それから葉酸には、抗酸化作用があり、精子力アップにつながる可能性があります。毎日食品で推奨量をしっかりとるのは難しいので、妊活中はサプリメントで補ってもよいでしょう」(岡田さん)

 日本人の食事摂取基準案(2020年版)によると、18歳以上の男性のビタミンD摂取目安量は2015年版より少し増えて1日8.5μg、耐用上限量は100μg、葉酸の推奨量は1日240μg、耐用上限量は18歳〜20代と65歳以上で900μg、30代〜64歳で1000μgになる見通しだ。

 ビタミンDが多く含まれる食品は鮭、サンマなどの青魚、キノコ類など。ビタミンDは紫外線に当たることでも体内で合成できるので、妊活中は、意識して適度な時間、日光浴をすることも役立ちそうだ。

 葉酸は、妊娠を望む女性の間では有名な栄養素。多くの試験で赤ちゃんの先天性異常のリスクを減らすことがわかっているからだ。そのため、厚生労働省が妊活中の女性は食事に加えて、サプリメントで葉酸を取ることを薦めている。実はこの葉酸が、男性の精子のDNA損傷率を下げたり、不足すると動脈硬化が進んだりすることもわかっている。つまり、男女ともがしっかりとりたい栄養素なのだ。葉酸が多く含まれる食品には、ホウレンソウ、ブロッコリーなど色の濃い葉物野菜、いちご、枝豆、納豆、のり、レバーなどがある。

男性の肥満、精巣温度の上昇は精子にダメージを与え、不妊に直結

 「精子力を上げるには、肥満を防ぐことも大切です。日本人の女性はやせ過ぎが多い一方で、男性では体格指数であるBMI(体重(kg)÷身長(m)÷身長(m))が25kg/m²以上の肥満者が増えています。オーストラリアの研究では、男性がBMI25kg/m²以上だとパートナーが肥満でなくても、男性が標準体型(BMI18.5〜25kg/m²未満)のカップルに比べて出産成功率が低く、体外受精や、顕微鏡で見ながら卵子の中に直接、精子を注入して受精させる顕微授精などの生殖補助医療を行っても、妊娠が成立しない割合が高まると報告されています(下グラフ)。肥満でもBMI18.5kg/m²未満のやせ過ぎでも、精子のDNAの損傷率を表す精子DNA断片化率が高まり、妊娠が成立しにくくなります。精巣は熱に弱く、温度が上昇すると造精機能が低下しますが、肥満の人は精巣の温度が高い傾向があり、そのことも妊娠が成立しにくいことと関係していると考えられます」と岡田さん。

男性の肥満、精巣温度の上昇は精子にダメージを与え、不妊に直結

 「精子力を上げるには、肥満を防ぐことも大切です。日本人の女性はやせ過ぎが多い一方で、男性では体格指数であるBMI(体重(kg)÷身長(m)÷身長(m))が25kg/m²以上の肥満者が増えています。オーストラリアの研究では、男性がBMI25kg/m²以上だとパートナーが肥満でなくても、男性が標準体型(BMI18.5〜25kg/m²未満)のカップルに比べて出産成功率が低く、体外受精や、顕微鏡で見ながら卵子の中に直接、精子を注入して受精させる顕微授精などの生殖補助医療を行っても、妊娠が成立しない割合が高まると報告されています(下グラフ)。肥満でもBMI18.5kg/m²未満のやせ過ぎでも、精子のDNAの損傷率を表す精子DNA断片化率が高まり、妊娠が成立しにくくなります。精巣は熱に弱く、温度が上昇すると造精機能が低下しますが、肥満の人は精巣の温度が高い傾向があり、そのことも妊娠が成立しにくいことと関係していると考えられます」と岡田さん。

男性の妊活で注目の検査項目 精子のDNA損傷率(DFI)とは

 損傷したDNAを持つ精子の割合はDNA断片化指数(DFI:DNA fragmentation index)検査で測定する。DFIが高いほど精子のDNAの損傷率が高く、妊娠が成立しにくい状態になっていることを示す。一般的には、DFIが25%以上だと、自然妊娠しにくいといわれている。獨協医科大学埼玉医療センター・リプロダクションセンターでは、日本人約800人のデータを解析した結果を踏まえて、22%超を妊娠しにくいラインの目安としているという。

 通常の精液検査では、精子量、精子濃度、総精子数、精子の運動率などを調べるが、DFIや精液中の酸化ストレスの強さを測る「精液中酸化還元電位測定(ORP測定)」を実施している医療機関は、獨協医科大学埼玉医療センター・リプロダクションセンターなど国内でもごく少数。「精子濃度や精子の運動率が高くてもDFIが高く、不妊になっている男性もいる。DFIが高ければ、実施すべき治療法も変わってくるので、男性側に問題がありそうなら、DFI検査を受けてみることを薦めたい」と岡田さん。


引用元:
男性の「精子力」を高める栄養素とは?(日経Gooday)