少子高齢化やグローバル化、価値観の多様化―。平成時代は社会の変化と共にさまざまな課題が浮き彫りになり、多くは新時代に持ち越された。困難な問題に直面しながらも、前に進もうとする人たちの姿を追い、解決のヒントを探る。

 丸みを帯びたおなかにそっと手を当てる。出産予定日を間近に控え、“令和ベビー”の誕生を心待ちにする群馬県の北毛地区在住の美和さん(31)=仮名。ここに至るまでに抱えていた葛藤を知る人は少ない。

 結婚した2015年に「妊活」を始めたがなかなか授からず、17年から不妊治療のクリニックに通い始めた。自宅から車で1時間以上の距離。保育士として働いていたが、治療との両立が難しくなり退職した。職場で子どもたちや第2子妊娠中の母親と接し、うらやむこともあった。

 2度の人工授精を経て、高度な生殖補助医療(ART)である体外受精を決断した。体内から卵子を採取して受精させる治療法は体への負担が大きく、多額の医療費がかかる。抵抗はあったが、早く子どもが欲しい思いは夫婦共に揺るがなかった。幸い、1回目の採卵と移植で妊娠し、胎児は順調に育っている。

 治療を通じて「妊娠、出産は当たり前のことではない」と知った美和さん。「男女共に、若いうちから学ぶ機会があれば意識が変わるのでは」と語る。

 技術の進歩や晩婚化を背景に、ARTを受ける人はこの数十年で急増。日本産科婦人科学会によると、16年に体外受精で生まれた子どもは過去最多の約5万4000人で、総出生数の5.5%を占める。治療費の公費助成制度や企業による休暇制度など支援策が打ち出されている一方、苦痛や負担が集中しやすい女性の精神的ケアまでは行き届かないのが現状だ。

 「どう頑張っていいのか分からない。だめな理由が分かれば改善できるのに」。西毛在住の愛さん(32)=仮名=はわが子を待ち望んで約2年。不妊治療は長く暗いトンネルに例えられ、先の見えないつらさを打ち明ける。

 愛さんも治療に専念するため勤務先を退職した。月経が来るたびに落ち込み、夫にきつく当たってしまうことも。でも、常に前向きで寄り添ってくれる夫の人柄に触れ、「この人の子どもを産みたい」と心から思えるようになった。不安や恐怖はあるが、体外受精への挑戦を考えている。

 治療への理解は広がった一方、「子どもができないのはかわいそう」と同情的に見られることに、愛さんは違和感を覚える。「『かわいそう』は一つの価値観で、違う価値観も認めることが大事。子どもがいてもいなくても生きやすい社会になってほしい」と願う。

 【メモ】NPO法人Fine(ファイン)が昨年行った調査によると、働きながら不妊治療を経験した人の2割は両立が困難で退職している。厚生労働省の調査でも同様の結果が出ており、困難な理由として「精神面の負担が大きい」「通院回数が多い」などが挙げられた。

◎夫婦の意思 尊重して…県不妊専門相談センター・飯島恊子医師に聞く
 不妊治療は心身や金銭の負担が大きく、特に女性にとって不安が付きものだ。群馬県不妊専門相談センター(前橋市堀之下町)が開設された1998年から相談に応じる婦人科の飯島恊子きょうこ医師は「夫婦でよく話し合い、周りは2人の意思を尊重して」と助言する。

―不妊治療を取り巻く環境は変わったか。
 高度医療を行う専門の医療機関が増え、インターネットで情報を得られることもあり、一般の人が不妊治療を受け入れやすくなった。また、経済面でも各自治体が助成金を給付したり、不妊治療に対して配慮する職場も出てきている。

―なかなか子どもを授からず、精神的に落ち込む女性は少なくない。
 夫が治療に消極的だったり、話し合いが不十分だったりすると「自分だけが治療をしている」と追い詰められる人もいる。妊娠するにはどんな条件が必要で、条件を満たすにはこういう検査を受ける必要があると最初に夫婦で情報を共有し、検査や治療に取り組んだ方が良いし、その上でどういう選択をするのか考えてほしい。

―「女性は結婚したら子どもを産むもの」という考え方は根強い。
 子どもを持つか持たないかは夫婦が決めることで、周りは夫婦の意思を尊重してほしい。子どもを育てたいと思ったら里親や養子縁組などの選択肢もあるが、あまり浸透していない。こうした現状が不妊治療を受ける人を追い詰める一因になっている。里親や養子を周囲が普通に受け止める社会であってほしい。

―センターの役割は。
 さまざまな事情を抱えた人が相談に来るが、まずは傾聴し、肯定して受け入れる。心にたまったものを吐き出して、一時的にでも解放されればいい。精神的にも肉体的にもストレスのない健康な状態で治療を受けてほしい。このセンターがその一助となればと思う。

―若い世代が妊娠や出産を学ぶ機会は必要か。
 性交渉からどうやって妊娠に至るとか、年齢が上がれば卵子が少なくなったり質が低下していったりすることを教えるのは大切。「産むべきだ」という価値観の押し付けにならない程度に、性教育に取り入れるのがいいのではないか。

引用元:
不妊治療 精神的ケアの充実は遠く… 新時代の課題を探る(上毛新聞)