アメリカで妊婦をしていると、頻繁にかけてもらえる言葉があります。それは「You look beautiful」。美的にきれいというんじゃなく(残念ながら!)、命を宿したあなたの体は尊いといったニュアンスですが、ウエストのくびれが消え、むくみ、歩くたびに脂肪がゆさゆさ揺れる体を褒めてもらえるのですから、思わず笑みがこぼれます。

 アメリカのマタニティ服も特徴的です。とにかく、どどーんとおなかを強調するデザイン。日本のマタニティウェアは「マタニティに見えない」「おなかが隠れる」を売りにしている服が多い印象ですが、アメリカは反対に見せていく。なぜなら、命を宿したおなかは「美しい」から。

 AERAdot.読者の皆さん、はじめまして。申し遅れましたが、わたくしアメリカでライターをしている大井美紗子と申します。寅(とら)年生まれの32歳。3歳の娘と0歳の息子がいます。娘は日本で、息子はアメリカで出産しました。

 アメリカへ来て、驚きました。妊娠ってこんなに祝福してもらえることだったのかと。隠さなくてもいいんだと。家族や友人はもちろん、スーパーのレジ係さんから通りすがりのおじさんまでが日々「You look beautiful」と声をかけてくれる。社会全体から新しい命を歓迎されているように感じます。

 そりゃ日本でだって、子どもの誕生はめでたいことです。家族や友人は手放しで喜んでくれるでしょう。通りすがりの人がおめでとうと言わないのは、そもそも他人に声をかける文化がないからともいえます。でも、です。たとえば産休を申し出た瞬間、あなたの上司はどういう顔をしましたか? 大きいおなかを抱えて乗り込んだ通勤電車の乗客は? 子連れで入ったおしゃれカフェの店員さんは?

 日本人だって一人一人は優しいのに、妊娠おめでとうという気持ちを多くの人が持っているはずなのに。社会という単位になると途端に醸し出されるこの閉塞感はなんなのだろう。「妊婦だから」「子連れだから」と日本では我慢を強いられる気がするのはなぜ? アメリカに来てからずっと考えていました。

思うに、日本社会は「通常」を基準に作られているからではないでしょうか。「通常」って定義が難しい言葉ですが、わたしがここで思うのは、勉学や労働にいそしむ健康な大人。もっといえば強者。彼らが生活しやすいように社会が整えられていて、弱者である障害者とか外国人とか、妊婦や子どもは想定の内に入っていない。ノイズのようなものです。通勤電車は、企業戦士を戦場へ運ぶ箱。そこに妊婦がいたら不協和音が生じるから、歓迎されません。

 対してアメリカは「非常」にひとつずつ対応することで社会が組み立てられていると感じます。「非常」に対処できれば、「通常」もカバーできる。アメリカは場末のモールでも徹底してバリアフリー化されており、それは車いすの人に対応するのが目的かもしれませんが、結果的に足が悪い高齢者にも、重たい荷物を持つ運送屋さんにも、ベビーカーを押すお母さんお父さんにも快適な環境ができあがっています。弱者にやさしい社会は、みんなにやさしい。ここには自分の居場所がある、と感じさせてくれます。

 日本で妊娠・育児中に漠然と感じていた閉塞感、罪悪感は、アメリカに来て消えました。子育てって、別に迷惑をかけることじゃないじゃん。日本社会に受け止める仕組みがないだけだ、と開き直ることができたのです。ま、具体的な解決にはなっていないのですが、気持ちが変わるだけでも違うというか。

 この連載では、アメリカと比較して感じる「ここがヘンだよ日本の育児」についてつらつらと書いていきたいと思います。アメリカという別の価値観をもつことによってわたしはラクになったので、子育てしんどいなぁ、なんか窮屈なんだよなぁ、と日々悶々としている日本のお母さんお父さんにも同じように感じていただければ何よりです。

 いや、もちろんわかっています。わたしの見聞きしたものだけが「日本」「アメリカ」ではないと。育児歴もまだ3年しかありません。ですから、ぜひ皆さんの意見も教えてください。ここのコメント欄で、わたしはそう思いませんけど、自分の場合は違いました、考えが浅いんじゃないんですかといった声を聞かせてください。その新たな価値観がまた、誰かをラクにする一助になるかもしれません。お付き合いのほど、どうぞよろしくお願いします。


引用元:
通りすがりのおじさんも「You look beautiful」 アメリカで妊婦がかけられる言葉(AERAdot.)