読者の皆さんは産婦人科と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?

 妊娠、分娩(ぶんべん)、不妊症、子宮筋腫、子宮がん、性感染症、更年期障害……。「産婦人科という名前は知っているけど、何をしているところなの?」と思うのが正直なところなのではないでしょうか。「コウノドリ」という有名なテレビドラマがありましたね。お産にまつわる妊婦さんの苦悩や出産の喜びとともに産科医の激務と使命感を描いて、リアルなドラマでした。メディアの力で産婦人科を身近に感じてもらえることは、私たち産婦人科医にとって大きな喜びです。

 このシリーズでは、女性の健康を守るための医学である「産科婦人科学」の守備範囲は皆さんが想像しているよりもずっと広く深いものであり、男性も女性の健康に深く関わっていることを知っていただきたいと思います。

ログイン前の続き産科婦人科学の歴史
1.産科学は、人類が誕生したころからあったであろう、助産学が進歩したものです。その後、産科学に新生児医学が加わり、母体、胎児、新生児の健康を守る周産期医学となりました。一方、産科学から外科的な要素が独立して婦人科学が誕生し、今では婦人科腫瘍(しゅよう)学、生殖医学、女性医学という専門領域に分かれています。

 産科婦人科学とは、単純に産科があって、婦人科があるということではなく、各専門領域が結びついて女性を一生涯にわたって診て行く学問であることを理解してください。

 では、産科婦人科の歴史についてお話ししましょう。

今から約2千年前に火山の噴火で地中に埋もれたポンペイの遺跡からは産婦人科機器が出土しています。また、イタリアのルネサンス期の芸術家であるレオナルド・ダビンチ(1452〜1519)はリアルに子宮内の胎児を描いています。

 このように医学の中でも特に長い歴史を刻んできた産科婦人科学は、新しい命の誕生を助けるため、日々進歩してきました。さらに、婦人科の代表的疾患である子宮頸(けい)がんの根治手術は日本人の岡林秀一先生(1885〜1953)によって確立されました。この手術は、がんが広がりやすい組織を一塊として摘出する方法であり、それがいまなおスタンダードな手術として世界に認められています。

 その後、手術はいかに侵襲を少なくするかに向かい、その結果として腹腔(ふくくう)鏡手術やロボット手術が普及してきたのはごくごく最近のことです。産婦人科は母と児の二つの命を背負っています。人類の歴史をつないで行く上で絶対に欠くことのできない女性生殖臓器をいかに救うか、女性自身をいかに救うかということが産科婦人科学の究極の目標になります。

男性と女性の違いとは?
 産科婦人科学を学ぶにあたり、男性と女性の違いにも目を向けてみましょう。男性と女性はどう異なり、男性、女性という性別はどのように決まっていくのでしょうか?

 卵子と精子が受精して「遺伝的な性」が誕生します。人には2本の性染色体があり、女子はXX、男子はXYの染色体を持っています。XYのY染色体上にある性決定遺伝子SRYというものが男性へ分化するスイッチの役目をしていて、SRYによって胎児の性腺は精巣へと分化していきます。遺伝的女性の場合は、このSRYが存在しないため卵巣に分化することになります。ただし、性別というのはXXやXYといった染色体の遺伝的性、精巣と卵巣の性腺の性だけで決まるわけではなく、「社会上の性(戸籍上の性)」や「脳の性」というものも関係してくるので簡単ではありません。

 社会上の性は、基本的に外性器によって出生時に判断されます。脳の性は、アンドロゲン(男性ホルモン)の脳への作用の有無によって決まるため、アンドロゲン作用があれば男性的な感じ方を、アンドロゲン作用がなければ女性的な感じ方をする脳になります。

 いま非常に話題となり、問題ともなっている社会上の性と脳の性の不一致は、この外性器と脳の不一致で起こっているのが大半で、この不一致を「性同一性障害」と言います。

 次に覚えてもらいたいことは女性の解剖(体のつくり)です。女性に特徴的なことは、卵巣、子宮、腟(ちつ)など男性には見られない臓器を持っていることです。この骨盤臓器の違いを理解して下さい。また、女性にあって男性には見られない機能が「月経」です。月経とは子宮からの生理的な出血をいいますが、正常女性では28日周期で起こります。

 正常な月経周期が来るためには視床下部、下垂体、卵巣の精妙な関係が存在します。脳にある視床下部と下垂体から指令が出て、卵巣からエストロゲンとプロゲステロンというホルモンが分泌され子宮内膜に作用し月経を起こします。特に卵巣から分泌されるエストロゲンは多くの臓器と深い関連があるのです。

エストロゲンと他の臓器との関係
 このエストロゲンは女性らしさを作り出すばかりでなく、エストロゲンの受容体は子宮や乳腺だけでなく、脳、目、歯、血管、心臓、消化器、骨、皮膚など多くの臓器に存在し、生命機能の調整に重要な働きを行っています。

 例えば肝臓に対してはコレステロールの合成に関与し、エストロゲン低下は脂質異常症の原因になります。血管に対しては、エストロゲンが低下することにより動脈硬化、虚血性心疾患の原因になります。またエストロゲンの低下は骨、皮膚に対して骨粗鬆症(こつそしょうしょう)を起こしたり、しわの原因になったりします。

 一方、エストロゲンが過剰になると、子宮筋腫、子宮体がん、乳がんという腫瘍性疾患が増加することが知られています。このようにエストロゲンは全身の至るところで重要な役目を担っていることを是非理解してください。

女性の一生と産婦人科疾患
 さて次に女性の一生とその時々の産婦人科疾患について考えてみましょう。

 思春期には無月経などの月経異常、性成熟期は妊娠・出産の時期ですが、不妊の問題やホルモン依存性腫瘍の問題が発生します。そして更年期にはいわゆる更年期障害の問題など、女性特有の疾患にはそれぞれに好発時期というものがあり、そのライフステージと密接な関係を有しています。

 思春期にはエストロゲンが徐々に分泌されるようになり、性成熟期ではそれが維持され、更年期ではエストロゲンが徐々に低下していきます。従って、女性の一生は、卵巣から分泌されるエストロゲンによって特徴づけられているのです。こうした女性に特有な疾患を語るときにはこのエストロゲンを抜きにしては語れないことを理解してください。

 たとえて言えば、エストロゲンは良い人であったり、悪い人であったりするのです。産婦人科医はこのエストロゲンを上手に操りながら、女性が一生涯にわたって健康で豊かな生活を送れるよう見守っていることを、このシリーズを通して読者の皆さんにお伝えしたいと思います。

引用元:
男性と女性の違いに影響するホルモン 病気とも関係(朝日新聞)