これまで二度テレビドラマ化された、産婦人科が舞台のマンガ『コウノドリ』(講談社/鈴ノ木ユウ)。産婦人科医でジャズピアニストの鴻鳥サクラを主人公に、出産を通して家族や命をめぐるエピソードが展開される。

 ドラマで綾野剛が演じた鴻鳥には、実在のモデルがいる。泉州広域母子医療センター周産期センター産科医療センター長兼産婦人科部長の荻田和秀氏だ。荻田氏は現役の産婦人科医でありながら『妊娠出産ホンマの話 嫁ハンの体とダンナの心得』(講談社)を上梓するなど、啓蒙活動を続けている。

 また、日本産科婦人科学会の監修の下でリクルートマーケティングパートナーズが「Babyプラス お医者さんがつくった妊娠・出産の本」のアプリ版を本格的にスタートさせている。発表会見の場には荻田氏も登壇し、妊娠について「インターネット上には真偽不明な情報も多く、なかには母子ともに命にかかわるようなものもあります。それらを判断するために、正しい知識を持って向き合うことが大切です」と警鐘を鳴らした。

 あらためて荻田氏に、妊産婦をめぐる情報の真偽や産婦人科業界の課題などについて聞いた。

「妊婦が食べてはいけないもの」は本当にある?

――現在の産婦人科業界の課題はなんでしょうか。

荻田和秀氏(以下、荻田) 人手不足などもあり、産科医は減少傾向にあります。特に地方において、労働基準法などの法律を遵守するなかで出産の体制をどのような枠組みで守っていくかが課題になっています。

――産科医が減少傾向にある背景には、何があるのでしょうか。

荻田 出産は時間を問わないため産科医は時間のコントロールができず、オンとオフも明確には分けられません。労働環境が整備されれば少しは解決するのでしょうが、なかなかそうはいかないようです。

――産科医の担い手を増やす方法はありますか。

荻田 ひとつは、より多くの症例に触れられるように研修のシステムをしっかりすることです。もうひとつは、過重労働を防ぐ仕組みづくりが大切です。日本産科婦人科学会も産科医の過重労働を防止する取り組みをしていますが、まだ道半ばです。

――『コウノドリ』の冒頭には、医療機関に受け入れを拒否された妊婦がたらい回しにされるシーンがありました。こうした状況は、現在もあるのでしょうか。

荻田 だいぶ減りました。東京都では母体救命対応総合周産期母子医療センターが指定されており、何かあればこの指定病院に行けば安心です。大阪府でも同様の指定があり、かなり改善しています。

――妊産婦の食生活について、「食べてはいけないもの」などはあるのでしょうか。

荻田 一般にスーパーマーケットで売られているような食材であれば、大丈夫です。そもそも、「食べたほうがいい」「食べてはいけない」という線引き自体が曖昧です。

 たとえば、厚生労働省は「妊婦はキンメダイやメカジキなどは週に1回まで(1回約80g)」と推奨しています。「大きな魚は小魚を食べるので、有機水銀がたまりやすいから」というのが理由です。しかし、妊娠期間中は魚を一切食べてはいけないわけではなく、要は「ほどほどにしてください」ということです。

 多量の飲酒など常識的に避けるべきもの以外は、「絶対にいけない」というものはありません。ほどほどにバランス良く食べることが大事です。ただし、妊婦中はそのバランスが異なることがあるため、注意が必要です。

――「これを食べると赤ちゃんの心身に良い」といったものについても、同様でしょうか。
荻田 これもやはり、バランス良く食べることが大事です。強いて言えば、妊娠期間中は良質なタンパク質とビタミン類をバランス良く摂取するのが望ましいでしょう。

妊婦は体を冷やしてはいけない?

――昨年2月の会見では「ネット上には、母体にも赤ちゃんにも悪い影響を及ぼすような情報もある」と注意喚起されていましたが、具体的には。

荻田 たとえば、妊婦について「体を冷やしてはいけない」「塩分の摂り過ぎは良くない」という情報がありますが、これらが独り歩きすると母子ともに悪影響を及ぼしかねません。

 仮に真夏に妊婦さんがこの2つを実行すれば、熱中症になってしまいます。体の表面の体温と深部体温は2℃の差があるので、妊婦さんの体温が38℃だとすれば赤ちゃんの体温は40℃にもなります。また、塩分を適切に摂らないと汗が出にくくなってしまいます。

――「妊婦は体を冷やしてはいけない」というのは昔からある民間伝承なので、高齢者のなかには信じている人も多いのではないでしょうか。

荻田 はい、います。特段に悪意のある情報というわけではありませんが、お産の世界には、いまだに民間伝承や都市伝説といった類の情報が少なくありません。しかし、そのいずれも「やったほうがいい」という科学的根拠はないのです。

 代表例が、安定期に入る妊娠5カ月あたりから下腹部につける「腹帯」です。私は「しんどかったら外していいですよ」と言いますが、「祖母から『つけておきなさい』と言われた」という事例もあります。それで確実にお腹が安定するのであれば推奨しますが、やりたくないのにやる必要はありません。

――たとえば妊娠中の妻がトンデモ情報に耽溺するようになってしまったら、パートナーはどう接したらいいのでしょうか。

荻田 それまでの接し方に悪いところがなかったかを考える必要があります。奥さんがそういう情報にからめとられてしまうのは、「夫は味方ではない」と考えているからです。ある情報に接したら、パートナー同士で一緒に真偽を考えるような関係が望ましいです。

――妊婦がサプリメントを摂取することについては、いかがですか。
荻田 妊婦さんに必要な栄養素というのはあるので、サプリ摂取を否定はしません。しかし、実際は不必要なサプリのほうが多いです。これについては科学的根拠となる論文があるので、かかりつけの産科医と相談したほうがいいでしょう。

「適度に怖がる」ために正確な知識を

――聞きづらいことですが、産科医のなかでも怪しげな情報を流す方もいます。これについては、どうお考えですか。

荻田 なかにはいますが、問題になっている事例は片手で数える程度です。ただし、ブログに転載されるなど二次的な広がりを見せてしまうことが問題です。鵜呑みにせず、リテラシーを持って中立的な立場の産科医に聞いたほうがいいでしょう。

――真偽不明な情報が氾濫する現状を、産科医としてどう見ていますか。

荻田 確かにお産に関する真偽不明な情報は多いですが、それらについては日本産科婦人科学会が検証してまとめています。これは、改善に向けた取り組みのひとつです。それ以外にも、チャットボットやIoT(モノのインターネット)を活用することで、妊婦さんが心配や不安に感じたことをすぐに相談できるようなシステムを構築することが必要だと考えています。

――日本産科婦人科学会が監修する、アプリ版の「Babyプラス」の役割は?

荻田 これは、偽情報を峻別するツールになります。物理学者で随筆家の寺田寅彦は、浅間山が噴火した際に「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」と述べています。正確な知識を持ち適度に怖がることの大切さを訴えた随筆ですが、まさに、そのためのツールになるでしょう。

 産科医は、出産から子育てまで妊婦さんと並走するパートナーです。そのためのリソースのひとつとして考えてもらえばと思います。

――少子高齢化が進展するなか、政治的にも子育て世代へのケアを拡充するような政策が必要ではないでしょうか。

荻田 2015年10月に『嫁ハンをいたわってやりたい ダンナのための妊娠出産読本』(講談社)を上梓してから、「1億総活躍」「女性活躍」といった声も大きくなり、子育て世代に対する制度なども改善されていると感じます。ただ、乳幼児の生育環境の大事さを代弁してくれるような政治家が、もう少し増えてもいいのかなと感じています。子育て支援自体は各自治体が考えるべきことかもしれませんが、国は予算の拡充などを考慮すべきです。

 また、今後は母子手帳やお薬手帳もクラウド上で管理できるようになります。そうしたIoTの力も、ぜひ活用してほしいですね。



引用元:
妊婦は「○○しちゃダメ」「○○したほうがいい」は間違いだらけ?母子に悪影響及ぼす情報も(Business Journal)