高齢出産の増加や核家族化により、身近に頼れる家族がおらず、出産や育児の悩みをひとりで抱え、孤立する女性が増えている。

 2018年9月、厚生労働省研究班の調査により、妊産婦の死亡原因のうち「自殺」が一位であることが分かった。2015〜16年の2年間で、妊娠中および産後1年未満に自殺した妊産婦は国内に102人。病気などを含めた妊産婦死亡の約3割を占めており、無職の世帯の女性や35歳以上の女性の自殺率が高かった。研究班は「産後うつ」の影響が大きいと見ている。


 実際、神奈川県で育児に悩む母親が生後1か月の赤ちゃんと心中した事件(2015年3月)や、「完璧な母親になりきれなかった」と悩んだ挙句、大阪府の母親が2歳児をマンション5階の自宅ベランダから投げ落とした事件(18年6月)など、近年立て続けに悲劇が起きている。





「産後うつ」と「マタニティーブルーズ」は違う

 日本だけではない。グウィネス・パルトロウやブルック・シールズ、アデルなど、海外の人気セレブたちも産後うつになったことを告白している。

産後うつは、産後2、3週〜6か月の間に発症することが多い。ホルモンバランスの乱れによって激しい気分の浮き沈みが起こる「マタニティーブルーズ」と混同されやすいが似て非なるものだ。マタニティーブルーズは産後3〜10日以内に起きる症状で、2週間も経てば自然に治まるが、産後うつになると、2週間以上にわたって抑うつ状態が続き、赤ちゃんをかわいく思えなくなったり、育児に楽しみを見出せなくなったり、次第に自分を「母親失格だ」と過剰に責めるようになったりする。

77%が産後うつに近い状態に

 産後の母親といえば、微笑みながら我が子に授乳する幸せいっぱいの母親像を思い浮かべる人も多いだろう。しかし、妊娠していない一般女性に比べるとうつ病を発症しやすく、その割合は10人に1人と言われている。産後のケアサービスを提供するNPO法人マドレボニータ(東京)の2016年の調査によると、産後2週〜1年の間に産後うつに近い状態になった人(医師の診断を受けていない人も含む)は77%にものぼる。

 いくら医療が進歩し、死亡率が減ったとはいえ、出産は母子共に命がけの作業だ。産後の母親の身体はボロボロで、子宮や産道が傷付き、産後24時間以内で約300ccも出血するといわれている。その後も慢性的な貧血状態や高血圧が続くうえ、妊娠・出産の影響で骨盤や股関節が緩みきり、普通に歩くことさえままならなくなるし(会陰切開をした場合も)、頭痛や腰痛、恥骨の痛みや尿漏れに悩まされる女性も多い。子宮機能の回復には6〜8週間を要するため、基本的に産後ひと月の間は授乳や食事、トイレ以外は養生に努めることが大事といわれている。





産後うつになりやすい人の特徴とは?

 しかし、そうした状態でも、赤ちゃんが泣けば昼夜関係なく2、3時間おきに起きて授乳しなければならないし、なかには、部屋の掃除から夜遅く帰宅する夫の食事まで家事を一手に引き受けている母親も珍しくない。手伝ってくれる親や知人が近くにいないうえ、最もサポートを期待したい夫が長時間労働で帰宅が深夜だったりすると、必然的に“ワンオペ育児・家事”となり、心理的・物理的サポートを誰からも得られず、どんどん精神的に追い込まれてしまうのだ。
特に高齢出産ともなると、20代の出産に比べて産後の身体の回復が遅い。すると、毎日の育児や家事についていけず、「どうしてできないんだ」と自分を責めてしまいがちだ。まじめで几帳面な性格であるほど、またバリバリ仕事をしていた女性ほど、思うようにいかない育児に挫折感を抱き、うつに陥りやすい。

「産後うつはホルモンバランスの乱れのせい」という見方は、近年否定されつつある。近所付き合いの希薄化、高齢出産の増加、共働き世帯の増加、うつ病有病率の増加など様々な社会的要因が複雑に絡み合い、産後うつを発症させると考えられている。

求められる「産後の母親に対するケア」

 筆者もまた、育児ノイローゼの状態になり、壮絶な産後うつを経験した。精神的に追い込まれ、子どもを前に何もできなくなり、高齢者用の流動栄養食を飲み、這ってトイレに行く毎日で、半年間寝たきりになった。何度も自殺を考えた。

しかし、妊産婦のメンタルヘルスが注目されるようになったのは欧米でも1980年代後半。日本では産婦人科医や精神科医の間でもまだ認識が薄く、本人はおろか、医師や助産師でも「産後の疲れが続いているだけ」と見過ごしたり、周囲も「サボっている」と誤解したりしがちで、気がつけば重症化している例も多い。





 日本の母子保健制度は母親よりも新生児や乳幼児に対するケアに重きが置かれているため、産後の母親に対するケアが見過ごされてきたのも大きい。実際、赤ちゃんは生後1か月、4か月、8〜10か月、1歳などと定期的な健診を受けられるが、母親は産後ひと月も経てば、あとは産婦人科では診てもらえなくなる。

 そこで、国は妊娠中から育児までをトータルサポートしていこうと、2014年から「妊娠期から子育て期にわたるまでの切れ目ない支援」として「妊娠・出産包括支援モデル事業」を開始した。目玉はフィンランドのネウボラ(相談の場)をモデルにした「子育て世代包括支援センター」の市町村への設置で、20年度までの全国展開を目指している。また、産後うつの早期発見のために、17年4月から、産後2週間と1か月に健診を行う自治体への助成を始めた。名古屋市や京都市、横浜市など一部ですでに始まっており、赤ちゃんの健診に加え、母親の心身のチェックも行われている。

 産後うつが疑われる場合、まずは地域の担当保健師が窓口になるが、まだまだ産後支援は始まったばかり。子育て中の母親が孤立しない仕組みづくりと、周囲のサポートが今こそ求められている。




引用元:
赤ちゃんをかわいく思えない……10人に1人が発症「産後うつ」になりやすいのはこんな人(文春オンライン)