関西圏が人口減少に陥る中、兵庫県明石市が人口のV字回復を達成し、全国の注目を集めている。子どもを核にした街づくりを掲げ、中学生までの医療費や第2子以降の保育料無料化など子育て施策に本気で取り組んだ結果で、神戸市など周辺の地方自治体から子育て世帯が続々と移り住み、街は活気を取り戻してきた。今秋からは不払いとなった離婚養育費を補填するモデル事業を始め、子どもへの支援をさらに充実させる構えだ。甲南大経済学部の足立泰美准教授(財政学)は「首都圏以外の中核市で人口増加を実現した希少な事例」と評価している。

●街で目立つ若いカップルや家族連れ

 空気の入った長さ12メートルのエアトラックで子どもたちが元気いっぱいに飛び跳ねる。3万個のボールが浮かぶプールから親子の歓声が聞こえてくる。明石市大明石町のJR明石駅前再開発ビルにある親子交流スペース「ハレハレ」。2017年にオープンした施設の中は連日、幼い子どもと付き添いの保護者で大にぎわいだ。


 3歳の女児を連れてやってきた近くの主婦(32)は妊娠6か月。夫婦とも神戸市の出身だが、明石市の子育て施策に魅力を感じ、2年前に神戸市西区から移り住んだ。

 「駅前で買い物するときはハレハレで遊ぶのが楽しみ。ここでママ友ができたし、引っ越して良かった」と笑顔を見せる。

 兵庫県の播磨地方や神戸市西部は若者の東京一極集中と都心回帰で人口減少が進み、このところ元気がない。しかし、明石市は駅前で子ども連れの若いお父さん、お母さんをよく見かける。

 明石駅前の中心商店街は昭和を連想させるたたずまいだが、2016年10月からの1年間で24店が新規出店した。その中にはイタリア料理店など若い世代向けの店舗も少なくない。商店街の来訪者は2017年2月で1日当たり約2万8,000人。2015年8月から4割以上も増えた。若いカップルや家族連れの姿が目立ち、街全体に活気が感じられる。

●子育て世代の増加が地域経済に好循環

 明石市は人口約29万8,000人。2012年まで緩やかな人口減少が続いていたが、2013年から増加に転じ、2017年8月以降、毎月のように過去最高の更新を続けて文字通りのV字回復を達成した。V字回復を支えたのは近隣からの転入者で、2013年から連続して人口の社会増を実現している。その結果、2018年4月には中核市に移行した。


 転入者の年代別内訳を見ると、2017年は0〜4歳が811人、25〜29歳が1,692人、30〜34歳が1,167人の増加。50代が180人の転出増、40代が163人の転入増にとどまるのに比べ、子育て世代の急増ぶりがひと目で分かる。

 これに伴い、1人の女性が一生に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は、2017年で1.64に達し、兵庫県の1.47、全国の1.43を上回った。年間に生まれる赤ちゃんの数も2015年から3年連続で増え、2017年は2,730人を数える。

 子育て世代の増加はさまざまな面に波及効果を与えている。明石市の2017年度決算の税収363億円は5年前より21億円増えた。2016年の住宅着工件数2,674戸は4年前より785戸増。泉房穂市長は「子育て世代の増加が地域経済に好循環を与えた」と胸を張る。

●子育て予算は2倍以上、担当職員は3倍に

 明石市は大阪市や神戸市のベッドタウンだが、市域が狭くて広い土地がないため、大規模な工場誘致を進められなかった。人口増加に有利な条件がそろっているわけでない中、V字回復を達成できたのは、泉市長が2011年の初当選以来、一貫して子どもへの支援に力を入れてきたからだ。

 主な施策は第2子以降の保育料無料化、中学生までの医療費無料化、離婚世帯の子ども支援など多岐にわたり、全国で初めての施策も多い。市立図書館は明石駅前に移転し、面積を4倍、蔵書数を2倍に拡充した。ハレハレは有料の遊戯施設並みの設備なのに、市民に無料開放している。

 1人目の子どもを産んだ世帯は子育てにあまりにも金と手間がかかることを知り、2人目の出産をあきらめるケースが目立つ。「2人目の壁」と呼ばれる状況で、泉市長はこれを打開して明石市で2人目を出産してもらおうと考えた。

 しかし、こうした施策を実現するためには予算や人手が欠かせない。そこで子育て予算は公共事業の削減や無駄を省くことで捻出し、就任前の約100億円を200億円以上に拡充した。担当職員は約30人から約100人に増やしている。

 子育て施策に所得制限を設けなかったことも明石市の特徴だ。泉市長は「所得制限は親の所得で子どもを勝ち組と負け組に分けるようなもの。子どもは親の持ち物でない。すべての子どもに恩恵が及ぶようにしたかった」と力を込める。

明石市の試算では、これらの施策を利用すると、年収700万円前後で3人の子どもがいる世帯なら年間74万円の負担減になる。明石市に引っ越すだけで年収70万増と同じ効果を得られるわけだ。

 そうしたデータを近隣自治体と比較し、ホームページや広報誌で分かりやすくPRしている。さらに、不動産業者や市民とも連携して大々的にシティセールスを展開してきたことも、明石市に子育て世代が流入する一因となった。

●狙いはあくまで子どもを核にした街づくり

 泉市長は明石市の漁師の家に生まれ、東京大教育学部を卒業後、NHK職員や弁護士、衆議院議員などを経て市長に就任した。子どもを中心とした街づくりは大学時代から頭の中にあった。

 日本が大家族主義のムラ社会だったころは、コミュニティが子育てを支援してきたが、サラリーマン社会となり、支え手機能が薄れてきている。コミュニティに代わり、子どもを応援し、子育てを支援するのが行政の役割というのが持論だ。

 当初は将来に不安を抱える高齢者や都市基盤の整備が街づくりの王道と考える経済界、市職員らから反発もあった。しかし、実績を重ねることで理解が深まってきた。今では帰ってこないと思っていた子どもたちが戻り、喜ぶ高齢者が少なくない。

 「子どもを応援する施策を続けた結果、後から人口増がついてきた。狙いはあくまで子どもを核とした街をつくること」と泉市長。新たに始めた不払い養育費補填のモデル事業も、子どもの貧困対策ではなく、子どもを応援するための仕組みと捉えている。

 足立准教授は「明石市の子育て施策は近隣自治体と子育て世代の奪い合いが発生する懸念があるものの、人口の社会増を実現させるには望ましい手法だ。広報を通じて魅力あるサービスを約束する工夫は、他の自治体にとって学ぶべき点が多いのでないか」と指摘する。

 人口減少と高齢化が進む中、国の方針に横並びでついていくだけで自治体経営が成り立つ時代ではなくなった。明石市は自治体自身が汗をかいて先進的な取り組みに挑戦し、活路を切り開いている。地方創生の本来の姿が明石市に見えた。

引用元:
人口「V字回復」の明石市、「本気の子育て施策」が地域を変えた(ビジネス+IT)