この8月、漫画家のさくらももこさんが乳がんで亡くなった(享年53)ことが大きなニュースとなりました。我が家では昔から「笑点」「ちびまる子ちゃん」「サザエさん」と国民的番組をはしごするのが日曜日の定番です。それだけに、早すぎる死がとても残念です。ご冥福をお祈りいたします。


さくらももこさん ©文藝春秋

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 ところで、北斗晶さん、小林麻央さんのときもそうですが、有名人が乳がんになったというニュースが流れると、必ずと言っていいほど早期発見の重要性を訴え、乳がん検診の受診を促すような新聞記事やネット記事が掲載されます。


34歳の若さでこの世を去った小林麻央さん ©文藝春秋

34歳の若さでこの世を去った小林麻央さん ©文藝春秋

医師が書いた記事にも誤りがある

 私はそんな記事を見るたびに、毎回うんざりさせられます。なぜなら、科学的根拠に基づく医療(EBM)の観点から見ると、かならずしも「正しい」とは言えない内容が少なくないからです。記者が思い込みで書いたものだけでなく、医師のコメントや医師が書いた記事の中にも、疑問に感じざるを得ないものがあります。

 がん検診は「とにかく受ければいい」というものではありません。科学的根拠に基づいて、推奨される年代や方法が決まっています。それを踏まえずに、とにかく乳がん検診を受けさせようとすることは、多くの人に間違った行動を引き起こさせるだけでなく、不利益(害)を被らせる恐れもあるのです。

 とくに医療記事を書く記者や編集者に言いたいのですが、「誰でもいいから医師のコメントを載せておけば安心」という考えは危険です。EBMでは、「患者データに基づかない、専門委員会や専門家個人の意見」のエビデンスレベルは最低ランクだからです(国立がん研究センターがん情報サービス「ガイドラインとは」3ガイドライン策定プロセスとは3)エビデンス・レベルなどを参照)。

 そのため、乳がん検診についても、多くの人に誤解があります。そこで、代表的な4つの誤解について、国のガイドライン(国立がん研究センター「科学的根拠に基づくがん検診推進のページ」)や日本乳癌学会のガイドライン(「患者さんのための乳がん診療ガイドライン」2016年版)などに基づいて、整理したいと思います。


【誤解】その1

× 「早期発見できるから」乳がん検診を受けるべきだ

 乳がん検診を勧める記事を見ると、決まり文句のように書かれるのが、「早期発見・早期治療が大切」ということです。しかし、他のがんの検診もそうなのですが、国や学会が乳がん検診を推奨しているのは「早期発見できるから」ではなく、「乳がんの死亡者数を減らす効果があるから」なのです。現に、学会のガイドラインには次のような記載があります。

「日本では1987年から問診・視触診による乳がん検診が開始されました。しかし,乳がんの死亡者数を減らすという効果は得られませんでした。これに対してマンモグラフィ検診(筆者注・乳房専用のX線装置による検診)は,しこりとして触れる前の早期乳がんを発見できる可能性があり,欧米では乳がんによる死亡者数を20〜30%減少させたと報告されています」

 問診・視触診だけの乳がん検診は、死亡者数を減らす効果がなかったために、現在は推奨されていません。なぜ死亡者数を減らせないといけないのでしょうか。それは、がん検診によって早期発見・早期治療できたとしても、それによって命を救うことができなければ、お金を使って早く見つける意味がないからです。

 また、乳がんの死亡者数を2割から3割減らせるとはいえ、効果は100%ではないことも頭に入れておくべきでしょう。つまり、定期的に乳がん検診を受け続けたとしても、がんが検診と検診の間に発症したり、進行が早かったりするために、救えない命もあるのです。しかも、減らせるのはあくまで「乳がん」による死亡で、検診を受けたほうが長生きできるかどうか(総死亡率の低下)は証明されていません(Cochrane Database Syst Rev. 2013 Jun 4;(6):CD001877.)。

 このように、「早期発見できるから」乳がん検診を受けましょうという書き方は誤解を招く恐れがあります。もし乳がん検診を勧めたいなら、少なくとも「乳がんの死亡率を2〜3割下げられる」ことを前提に伝えるべきでしょう。

【誤解】その2

× 若い人もお年寄りも、みんな検診を受けたほうがいい

 現在、2年に1回の乳がん検診(マンモグラフィ検診)が推奨されているのは、40歳以上の女性です。40歳未満は乳がんになる人が少ないうえに、乳腺が発達して異常が分かりにくいので、マンモグラフィ検診は推奨されていません。


©iStock.com

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 それに、マンモグラフィには、多くないとはいえ「放射線被ばく」のリスクがあり、若い人ほど影響が大きいとされています。乳がん検診について触れる際には、何歳から推奨されているのかを書かないと、若い人までが焦って検診を受けに行き、無用な被ばくのリスクを負わせる可能性があるのです。

 また、最新の学会の医師向けガイドライン(「乳癌診療ガイドライン」2018年版)では、上限年齢を「75歳程度とすることが妥当と考える」とのステートメントが加えられました。その理由として、「75歳以上では死亡率低減のエビデンスがないことや、人口動態統計に基づく10年後死亡リスクを勘案して」という点があげられています。

 つまり、75歳以上の高齢者が検診を受けて乳がんを見つけたとしても、それ以外の病気で先に亡くなる可能性も高く、検査や治療によって被るデメリットの方が大きいと考えられているのです。このように、乳がんに限らずがん検診には、受診するのに適正な年齢があります。

 ただし、例外があります。原則的に乳がん検診は40歳未満には推奨されていませんが、若い人でも遺伝的に乳がんになりやすい人がいます。そのため、学会のガイドラインには「ご家族や血のつながっている方に乳がんにかかった方がたくさんいる場合など,遺伝的に乳がんにかかりやすいと考えられる方は,20~30歳頃からMRIを含めた検診を定期的に受けることが勧められます」とあります。

 もし家族や親せきで乳がんになった人が多い場合は、若くても専門医に相談することが大切だと言えるでしょう。


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【誤解】その3

× 若い人は乳腺が発達しているから「超音波検診」を受けるべき

 若い女性にマンモグラフィが推奨されないとしたら、それでも気になる人はどうすればいいのでしょうか。ネットでは「若い女性は乳腺が発達しているので、超音波(エコー)検診を併用するのがお勧め」といった記事が散見されました。

 学会のガイドラインによると、超音波検査は被ばくの心配がないだけでなく、乳房のしこりが良性か悪性かを判断するのに有効で、日常診療では欠かせない検査になっています。ただし、がんを早期に見つける目的で行う集団検診に関しては、「本当に超音波検診が乳がん死亡率低下に有効かどうかについては、もう少し検討が必要です」と書かれています。国のガイドラインでも、現時点では超音波検診は推奨されていません。

 なぜ推奨されていないのでしょうか。実は国内で、マンモグラフィに超音波を併用した検診の有効性を確かめる臨床試験が行われているのですが、学会のガイドラインにも書かれているように、「超音波検診はマンモグラフィに比べると、治療の必要のない良性の変化を拾い上げすぎる欠点がある」という報告も出ているからです。

 それによって、実際には治療の必要がない病変かもしれないのに、「異常あり」とされて受診者を不安にさせたり、不要な再検査や治療が行われたりするリスクがあり得ます。ですから、若い女性に超音波検診を勧めるのは、現時点では慎重であるべきなのです。


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【誤解】その4

× とにかく、がん検診を受けるのは「いいこと」だ。

「早期発見・早期治療はいいことだ」と信じて疑わないような書きぶりの記事が目立ちますが、がん検診には必ずデメリットが伴います。この点について、学会のガイドラインには、次のように書かれています。

「最近欧米ではマンモグラフィ検診の効果の見直しが行われ,マンモグラフィ検診による不利益があることもわかってきました。その不利益とはマンモグラフィ検診の偽陽性(マンモグラフィ検診では「がん疑い」とされたものの精密検査で「がんではない」と診断されること)や過剰診断(生命予後に関係のない乳がんの発見・治療)です」

 この中で、とくに問題なのが「過剰診断」です。実は「乳がん」と診断される病変の中には、その人の寿命まで命に関わらないものが含まれており、検診を受けるとそうした病変まで拾い上げてしまうのです。


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 しかし、今のところ、どの人のどの病変が過剰診断にあたるのか、判別することは極めて困難です。そのため「がん」とわかれば放置できないので、本来は治療の必要のない病変だったとしても、手術、放射線、薬物療法などを受けることになり、これによって命を縮めるリスクが生じます。

 実際、最近の研究でがん検診にともなう過剰診断は予想以上に多い可能性のあることがわかり、そのために早期発見・早期治療をしても、命が延びない結果になるのではないかと米国の研究者などから指摘されています(BMJ. 2016 Jan 6;352:h6080.)。

米国、英国では40歳代の乳がん検診は推奨されていない

 さらに、デメリットがメリットを上回るという判断から、米国や英国では40歳代の乳がん検診は推奨されていません。それだけでなく、近年、欧米からは死亡率を下げる効果自体に疑問符がつく報告も相次いでいます。

 こうした点も踏またうえで、私はもはや闇雲にがん検診を勧めたり、集団で受けさせたりすべき時代ではなく、メリット・デメリットを勘案したうえで、その人のがんリスクに応じて、検診を受けるかどうか個別に判断すべきと考えるようになりました。

 また、定期的に検診を受ければ安心と思うのではなく、乳房や脇の下のしこり、乳房のくぼみやひきつれ、乳頭からの分泌物など、気になる症状があったときに乳腺の専門医を早く受診して、治療が必要なものかどうか判断してもらうことが大事だと思います。

 がん検診には死亡率を下げる効果に限界があり、メリットばかりでなくデメリットもあります。ですから、ただ検診を勧めるような記事は鵜呑みにせず、できれば国立がん研究センターがん情報サービスの解説ページ「がん検診について」や、前出の乳癌学会の患者向けガイドラインなども読んでみて、自分はどうすべきか考えてから、判断することをお勧めします。


引用元:
小林麻央さん、さくらももこさんの死後もネットにはびこる「乳がん検診 」4つの誤解(文春オンライン)