不妊の半分は男性側に原因がある――。WHO(世界保健機関)は意外なデータを示しており、「子供ができないのは妻のせい」という固定観念は時代遅れだ。不妊治療には男性側の理解と協力が欠かせない。しかし、不妊検査といわれてもピンとこない男性が多いだろうし、「若いから大丈夫」という過信があったり、プライドが邪魔をして踏み出せなかったりする。『週刊ダイヤモンド』7月21日号の第2特集は、「不妊治療最前線」。その拡大版として、男性不妊検査の第一歩である「精液検査」を受けた20代男性の実体験ルポをお届けする

7月某日。都内のある不妊治療専門クリニックを訪れた。

 受診するのは、男性不妊検査の第一歩にして、最も基本的な「精液検査」だ。その名の通り、精液中の精子の数や、きちんと動いているかなどの状態をチェックする。

 なぜ、自分がこの検査を受けることにしたのか。

 それは、結婚前提で付き合っている彼女が、“ブライダルチェック”と称して、自分の体に妊娠しにくい要因がないかを検査しに行ったことを告げられたからだ。

「会社の先輩で不妊治療している人が多いの。孝志くん(読者男性の名前、仮名)も検査してみれば?」

 正直、面倒くささが先に立って気は進まなかったが、「異常なし」という正式なお墨付きをもらえば今後しつこく言われることもなかろうと思い、検査を受けることにした。

 クリニックで受け付けを済ますと、最初に問診票を渡される。項目は検査のきっかけや喫煙などの生活習慣から、最近の夫婦生活の回数や射精の有無といった、非常に赤裸々な内容にまで及ぶ。

 問診票を提出すると、紙コップを渡され採精室に案内される。そこで男性の検査技師から精液検査の内容について説明を受けた。

 肝心の精液は、マスターベーションで採取する。マスターベーションというからには、自分で精液を採取しなければいけないわけだ。頭では理解しているものの、改めて技師から説明されると、名状しがたい羞恥心が襲ってくる。なぜか、中学生の時の保健の授業を思い出した。

ここは検査のためだ。割り切って、羞恥心をかなぐり捨てて検査に臨むほかない。

 いよいよ個室に残され採取の時間となる。

 採精室は、2メートル四方ほどの小さな部屋。調光は薄暗い。寝そべることができる簡素なリクライニングチェアと、20インチ弱のテレビが配置されている。

 テレビ台の下に目を向ける。あるのは、成人向けの雑誌が一冊と、同じく成人向けDVDを30枚ほどまとめたケースだ。ご自由に“お使い”くださいとのことだ。

 DVDのジャンルもいろいろ、有名なセクシー女優の名前が入ったものもあれば、“熟女”が題字に踊るものもあり、選者の多趣味ぶりがうかがえる。

 室内やDVDなどの観察に夢中になっているうちに、気づけば時間は入室後15分をとうに過ぎていた。注意事項に20分〜30分を超すときは内線での連絡が必要で、場合によっては当日中の検査を断念する場合があると書いてある。残りの時間で急いで採取を終える。急ぎすぎたせいか、後片付けの際のため息が普段より妙に多い気がした。

精子の運動率が基準値以下?
次に勧められた検査はなんと4万円

 検体を残し部屋を後にする。検査結果は1時間で出るというので、一時外出し、その後再度帰院した。

 診察室に呼ばれ、のんきに部屋に入ると、パソコンを眺めていた男性の医者が顔を向けおもむろに切り出した。

「正直、かなり悪いです」


耳を疑った。「大丈夫ですよ」というお墨付きを得るがために受けた検査であり、悪い結果が出ることなど想定していなかった。

 医者によれば、精子の運動率が特に悪いという。精液検査はWHO(世界保健機関)の定める基準値が採用されているそうだが、その正常値が40%以上であるのに対し、結果は28%。なんと、自然妊娠が厳しい水準だという。

「今日受けられて本当に良かった。ここからしっかり治療していきましょう」。まずは詳しい原因を知るために、超音波検査などの精密検査を次にしますと医者は言うが、まだ心の整理はつかない。

 前日の深酒がよくなかったのか。禁欲期間が短すぎたのか。会計の1万円を支払いながら、考える。そもそも、次の精密検査は、自由診療で4万円もするというではないか。果たして言われるがまま、精密検査を受けるべきなのか。

 人は良くない現実を目の当たりにすると逃避するものである。インターネットで調べたところ、「精子の状態はムラがあるので、一度の検査で一喜一憂しなくてもよい」とある。彼女には適当な理由をつけて、そのままなかったことにしようかとも思った。

 しかし、「自然妊娠が難しい」という言葉のインパクトは相当だった。4万円の検査も気になるが、この事実を隠して結婚したとしても、いずれは彼女に分かってしまうのではないか。いてもたってもいられなくなり、別のところで検査、つまりセカンドオピニオンを求めることにした。

ドキドキの再検査
結婚の行方はいかに

 翌週、同じく都内にある別の不妊治療クリニックを受診。こちらはかなり大規模で、それこそ採精室が何部屋もある。

 採精室の内容や、手順こそ変わらないが、渡されるカップがプラスチックだったり、それを入れて持ち運ぶ紙袋が渡されたりと、勝手は異なっている。ちなみに、DVDや雑誌の“品揃え”も異なっている。

 ただ、今回の受診は、前回のように室内を事細かに眺める余裕などない。DVDのジャンルチェックなんておふざけはなしだ。

検体を採取してから1時間ほど待つと、診察室に呼ばれた。

 待ち構えていたのは女性の医者。検査結果を見て医者が口を開く。

「……まったく問題ないですね!」

 その言葉に緊張がほどけ、思わず安堵の声を漏らした。懸念だった運動率は、40%以上が正常値のところ、しっかり52%あった。生存率や精子濃度といったその他の数字も正常だった。

「精子の状態は、体調によるところが大きいです。一度の検査結果が悪くても、何回か受けることが大切ですし、ストレスを避ける、禁煙をするなど普段から体調に気遣う生活を続ければ、タイミング法(排卵に合わせて性交渉し妊娠を図る方法)で十分妊娠できますよ」

 医者の説明にうなずきを返す。前回の検査で、不妊治療にかかる費用や家族計画など将来のことを悲観していたが、とりあえず結婚話は進めてもよさそうだ。

 ちなみに、最初のクリニックは自由診療扱いだったが、こちらでは検査に保険が利き、1000円で受けることができた。

 不妊に悩んでいるわけではない一般男性でも、精子に異常が見られるケースは多いという。その意味で、積極的に検査を受けるのは大事だし、一度の検査で一喜一憂することなく、健康的な生活をして継続的に精子の状態を確認することは有用である。

 ただ、男性の不妊検査が重要な一方で、男性が一人で受けやすいクリニックがとても少ない。今回受診したクリニックは、いずれもオンラインで予約でき、かつ男性一人でも訪れやすいレイアウトや雰囲気づくりをしていた。

 一般的には、婦人科といった女性中心の病院で、女性側が受ける検査に男性が同行して検査を受けることが多い。女性側にバレずに検査を受けたい人もいるだろうし、女性にとっても男性を引っ張り出すのは気が引けるかもしれない。

 価格は医療機関によって幅がある。中には、精液検査だけで3万円というクリニックもあり、スクリーニングで受けるにしては高額すぎる。これでは気軽に受けるのは難しい。

 多くの不妊治療に携わる医者が男性側の自覚の大切さを訴えること、男性にとっても検査を受けやすい環境や土壌を作ることが両輪で進む必要がある。


引用元:
「精液検査」体験記、男性不妊はセカンドオピニオンが重要な理由(ダイヤモンド・オンライン)