井本逸勢・リスク評価センター長に聞く


 −遺伝性のがんとは、どういったものでしょうか。


 がんが遺伝するのではなく、生まれつき持っている遺伝子の変化により「がんになりやすい体質」は受け継がれるという意味で、遺伝性腫瘍といいます。ご自身や家族が若くしてがんにかかった、何度もがんになったことがある、乳がんでいえば両方の乳房にがんを発症している、といった場合、遺伝性を疑う必要があります。


 二〇一三年に女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)であることを公表して、乳房の予防的切除をしたことをきっかけに、関心が高まりました。乳がんの5%、卵巣がんの10%程度は、HBOCだと考えられています。大腸がん、子宮がんなどを発症しやすい遺伝性腫瘍の一種「リンチ症候群」も、大腸がんの5%を占める頻度の高い疾患です。頭頸部(けいぶ)、甲状腺のがんの一部にも遺伝性のものがあります。


 −「遺伝性」となると、家族を含む問題になりますね。


 目の前の患者さんを手術や抗がん剤などで治すだけなら、遺伝性を意識しなくてもいいかもしれない。でも、ご本人の再発、お子さんの発症のリスクが高まる可能性があるなら、それを調べていくほうがいい。たとえば、患者さんが不幸にして亡くなり、データが途切れてしまったら、お子さんが自分のリスクに気付けない。


 また、医学の発展とともに、一部の遺伝性腫瘍には特によく効く薬も登場してきました。治療の内容も変わってくるし、患者さんは薬が効いてホッとする半面、お子さんも発症するのかと不安になったりします。現時点で分かる情報を提供し、早期発見・治療につなげるのもリスク評価センターの役割です。



「遺伝性腫瘍の正しい理解を広めたい」と話す井本逸勢センター長=名古屋市千種区の愛知県がんセンター中央病院で


写真


 −これまではどんな体制でしたか。


 一三年に非常勤のカウンセラー一人でスタートした遺伝カウンセリング外来は、一六年に常勤の認定遺伝カウンセラーとして高磯伸枝さん(43)が参加し、本年度から臨床遺伝専門医の私が参加して、常勤は二人体制です。相談件数は昨年度まで年間九十件ほどでしたが、かなり増えそうです。遺伝カウンセリングでは相談者の方と一緒に「家系図」を作り、リスクを検討していきます。希望者には遺伝学的検査を受けていただき、病気の原因となる遺伝子の変化を認めたら、本人・血縁者への対応を考えていきます。二人体制になって、こちらから病棟に出掛けて、患者さんに接し、遺伝性の可能性のある方への働きかけも積極的にできるようになりました。


 −がんセンター付属の研究所との連携は?


 遺伝性腫瘍について、日本人のデータがほとんどなく、特定のがんになられた方の何パーセントぐらいが変異した遺伝子を持っているのか、その遺伝子を持っている人の何パーセントぐらいが発症するのかも分かりません。私自身も研究所の分子遺伝学の分野長を兼務しており、研究所の「キャンサーバイオバンク愛知」(血液などの生体試料や診療情報を保管し、研究に活用する仕組み)のデータも活用しながら研究し、臨床に役立てていきます。若い方、働き盛りの方が自らのリスクを知ることなく、発症に気付かないまま治療が遅れるといった悲劇をできるだけ減らせるように。


 愛知県がんセンター中央病院(名古屋市千種区)の乳腺科に設けられていた「遺伝カウンセリング外来」が、本年度から診療科の枠を超えた「リスク評価センター」に拡充され、徳島大大学院医歯薬学研究部の人類遺伝学分野教授だった井本逸勢(いっせい)さん(56)が初代センター長に就任した。患者だけでなく、家族も視野に入れたがん医療について、井本センター長に思いを聞いた。 (編集委員・安藤明夫)


 同病院の遺伝カウンセリング外来は、予約制の自費診療で初回1万800円。2回目以降は5400円。遺伝学的検査もほとんどは自費で、種類によって料金が異なり、十数万〜30万円かかる。同様の遺伝カウンセリング外来は、全国119カ所の大学病院、専門病院に設けられているが、一部の先進施設を除き人員は手薄。地域格差も大きい。臨床遺伝専門医、認定遺伝カウンセラーの不足が課題になっている。


引用元:
「遺伝性」早期発見に力 愛知県がんセンター中央病院、体制拡充(中日新聞)