アイルランド共和国で、25日、現行は事実上禁止となる人工中絶を可能にするよう憲法を改正するか否かについて、国民投票が行われる。

 日本を含む多くの国で人工中絶は合法だが、アイルランドでは犯罪行為だ。中絶を行った場合、禁固14年が科される恐れがある。例外は妊娠した女性の命が危険にさらされている場合で、例えレイプや近親相姦による妊娠であっても中絶は許されない。胎児が生きては生まれてこない病気にかかった場合も、出産時まで母体に子供を維持することが求められる。

 直近の世論調査では改正による人口中絶の合法化を支持する人が支持しない人を上回っているが、投票日までにその差が縮まると見られており、どうなるか分からない状況だ。

 なぜ、アイルランドは中絶にこれほどまでの厳しい態度を取ってきたのか?改正支持派と反対派の理由は何か?その背景を探ってみた。

人工中絶禁止は19世紀の法律から

 国連の調査(2013年)を基にした米ピュー・リサーチ・センターの調べによると、現在、世界で人工中絶を禁じている国は6か国(チリ、ドミニカ共和国、エルサルバドル、ニカラグア、バチカン市国)。基本的に違法だが条件付きで可能な国が10カ国。アイルランドは後者に入る。
▽ピュー・リサーチ・センターの図
http://www.pewresearch.org/interactives/global-abortion/


 アイルランドの状況は、1920年代まで支配下に置いた隣国・英国の歴史と切り離せない。

 人口中絶は数千年前のはるか昔から行われてきたが、近代の英国で禁止行為が明文化されたのは、1803年。当時は中絶行為に加わった人は死刑になった。法改正を重ねて死刑の適用はなくなり、中絶を禁止する「人に対する犯罪法」(1861年)が成立する。

 当時、アイルランドは大英帝国の一部だったので、アイルランドでもこの法律は適用された。

 1922年、アイルランド半島の南の州が「アイルランド自由国」として独立する(49年、アイルランド共和国に)が、独立後もこの法律は引き継がれた。

 19世紀末以降、米英では避妊や中絶を経済面から、そして女性運動の一環として提唱する動きが広がっていた。例えば英経済学者トーマス・マルサス(1766~1834年)は産児制限で貧困を救おうとする考えを提唱し、カナダ生まれだが英国に住んだ運動家ステラ・ブラウン(1880~1955年)は職を持つ女性は妊娠および中絶を自分で決める権利を持つべき、と主張した。米国では産児制限運動の提唱者マーガレット・サンガー(1879~1966年)が良く知られている。

 こうした運動が実を結ぶまでには時間がかかったものの、1967年、英国で中絶は合法となった。国民が無料で医療を受けられる「国民医療サービス」を利用できる。

中絶禁止の背景にカトリック教会の影響

 ところが、アイルランドでは19世紀の人工中絶を禁止する法律がこの時点でもまだ生きていた。

 アイルランドは、中絶を破門につながる重罪とするカトリック教徒が大多数を占める国で、現在も85%ほどがカトリック教徒と言われている。

 プロテスタント教徒が大部分を占める英国からの独立後も、カトリック教会はアイルランド国民の生活に大きな影響を及ぼし続けた。

 1937年、新憲法の中で教会は特別な位置として扱われ、これが1970年代まで続いた。経口避妊薬の使用が合法になったのは1985年、離婚が合法となったのは1990年代半ばである。

 長い間、未婚であるのに妊娠してしまった女性は、「恥」として扱われた。

 一部の貧しい女性たちは1996年までアイルランドの数か所に実在した「マグダレン洗濯所」に送られた。未婚の母となった若い女性たちはここで生活し、重労働に従事した。運営は修道女たちである。ちなみに、2002年に英国とアイルランドの合作でできた映画「マグダレンの祈り」は、女性たちの苦難をドラマ化している。

 現在、望まない妊娠をしたアイルランドの女性はどうすればいいのだろう?

 もし金銭的に余裕があれば、中絶が違法ではない隣国、英国やほかの欧州連合(EU)の国に行って中絶を行うことはできる。

 アイルランド政府によると、2016年、アイルランドから中絶手術のために英国に渡航した女性は3265人に上る。未婚、既婚に関わらず、他国で人工中絶をした場合、他人には決して話さないという。

 しかし、お金がなかったら?八方ふさがりである。違法と知りながらも隠れて国内で中絶手術をしてもらうか、あるいは諦めて産むのか。

14歳の少女の例が議論の的に

 いくらなんでも、こんな状況はまずいということで、法改正への動きが出てくる。

 しかし、当初は「一歩前進、二歩後退」の状況となる。

 1983年、アイルランド憲法に8回目の修正が行なわれ、中絶に関わる条項(40-3-3条)を入れるかどうかで、国民投票が行われた。結果は67%が賛成で、33%が反対だった。

 修正第8条(40-3-3条の追加)によって、「まだ生まれていない者の生存権」が認められた。女性と胎児の生存権が平等と見なされたのである。この時、女性に生命の危険がある時にのみ中絶は合法となったため、多くの女性にとって、中絶が事実上禁止であることに変わりはなかった。

 1990年代に入って、ある少女の妊娠が次の国民投票につながってゆく。

 1992年、14歳の少女が家族の友人の一人にレイプされ、妊娠してしまう。少女は母親に「死にたい」と告げる。

 両親は少女を英国に連れてゆき、中絶手術をさせようと決意する。レイプ事件を警察に通報し、胎児から採集したDNA情報がレイプされたことの証拠として使えるかどうかと聞いた。

 少女が違法な中絶手術に向かおうとしていることを知った当局側は裁判所令を通じてアイルランドからの出国を止めた。アイルランドの各地で少女を支援するためのデモが発生した。

 後に最高裁がこの判決を覆し、「自殺の恐れが十分にある場合」、国内での中絶は可能とした。ただし、現在に至るまでも、「自殺の恐れが十分にある場合」の法的定義はない。少女は英国に渡ることが出来たものの、手術を待つ間に流産してしまった。

 少女の名前が公開されていなかったので「Xさんの事件」と呼ばれる一連の動きを受けて政府が中絶の条件を緩和するための憲法改正案を提出。これによって、妊娠した女性が、中絶が違法ではない国に行って中絶をすること、および中絶に関する外国の情報を集めることが合法になった。

 妊娠した女性に自殺の恐れがあった場合、これが中絶の理由になり得るという法案は可決されなかった。

 2002年、「自殺の恐れが中絶の合法的な理由になるか」を問いかけた国民投票で「ならない」が大多数を占めた。

 2010年、欧州人権裁判所は「アイルランド政府は、女性の命が危険な状態にある時、どのような合法的な中絶が可能かについて、十分な情報を与えていない」とする判断を示した。
2012年10月、アイルランド・ゴールウェーの病院でサビタ・ハラパナバールさんが亡くなった。

 胃痛を感じたハラパナバールさんが地元の病院に入ったのは、妊娠から17週目の頃。入院した日の夜に破水し、お腹にいた赤ん坊の生存は難しいと言われた。

 そこで、ハラパナバールさんは中絶を依頼した。しかし、医療アドバイザーが「胎児の心臓がまだ動いているから」として、これを拒否。病院の看護婦からも「ここはカトリック教の国。中絶はできない」と言われた。

 次第に体調を崩していったハラパナバールさん。入院から3日目になって、医療アドバイザーが中絶を了承。しかし、中絶手術への準備を進めている間に、ハラパナバールさんは出産した。すでに赤ん坊は死んでいた。

 病状が悪化したハラパナバールさんは、数時間後に息を引き取った。

 死産の可能性が高い子供の中絶を禁じられた母親が亡くなってしまった事件を巡って、国民的な議論が巻き起こった。新聞各紙はハラパナバールさん事件を大きく報道し、アイルランドばかりかロンドンでも抗議デモが発生した。

 中絶を必要とするのは望まない妊娠をした女性たちだけ、という認識がこの事件で大きく変わった。死産の可能性が高くても中絶できないのだったら、自分もそのような状況に陥る可能性がある。「自分、あるいは自分の友人がそうなっていたかもしれない」と女性たちは思ったのである。

 2013年、「妊娠中の人命の保護法」が成立する。これによって、妊娠した女性の命が危険にさらされていると医師が判断した場合、中絶が行えることになった。同時に、非合法の中絶を行った人、あるいはこれを助けた人には14年の禁固刑が科されることになった。

 その後、重要な政治問題を議論する市民レベルの会議「市民会議」やアイルランド国会の委員会が、中絶に関連する憲法の大幅な改正を求めるようになった。

国民投票へ

 今年3月、アイルランド政府は人工中絶を禁じる憲法条項撤廃の是非を問う国民投票を5月25日に行うと発表した。 

 アイルランドでは2005年に同性婚合法化についての国民投票が行われ、約6割が賛成している。レオ・バラッカー首相は2015年に同性愛者であることを公表しており、アイルランド社会には性についてのより自由な考え方が広がっているものの、人口中絶をめぐっては世論が2つに分極化している。

 中絶禁止の条項を撤廃しようとする側のスローガンは、国民に対し「共感、いたわり、変化」をアピール。「トゥゲザー・フォー・イエス」(ともに、撤廃にイエスと言おう)というキャンペーン組織が主導する。これに賛同する著名人らは「より公正なアイルランド」を実現しようと呼びかける。


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中絶が禁止のアイルランドで国民投票 — 母の命を取るか、子供の命を取るか(BLOGOS)