がん患者なら、だれもが最良の手術を受けたいと願うもの。しかし「切るか切らないか」など悩みは尽きません。そこで名医と称される専門医たちに尋ねてみました。

「自分が患者だとしたら、どんな治療を受けたいですか?」

◆ ◆ ◆

 乳房専用のX線検査「マンモグラフィ」のことは多くの人がご存じだろう。視触診とマンモグラフィを併用した検診で乳がん死亡率を減らせることが科学的に証明されている。ただし、ここ数年、欧米の臨床試験で、マンモグラフィ検診を受けても死亡率は下がらないという報告が相次いでいる。検診には限界があることも理解して受ける必要があるだろう。

 30年近く乳がん検診と治療に取り組んできたJCHO久留米総合病院院長の田中眞紀医師は、自身も定期的にマンモグラフィ検診を受けている。

「がんになるのを防ぐことはできませんので、なるべく早期の状態で診断されたいと思っています。進行がんで発見されないかぎり、5年生存率は90%以上と予後は良好です。みなさんも恐がらず、ぜひ検診を受けてください」

 ただし、20〜30歳代の若い人は、発達した乳腺で乳房が白く映るので腫瘍を見つけにくく、有効性も証明されていない。

「若くして乳がんになる人もまれにはいますが、45歳から65歳が発症のピークです。40歳になったら少なくとも2年に1回、マンモグラフィ検診をおすすめします」(田中医師)


©iStock.com


 早期で発見できれば、完治の可能性が高まるだけでなく、乳房を残せるチャンスもある。「乳癌診療ガイドライン」(日本乳癌学会)では、大きさが3センチ以内のものが、乳房温存手術ができる目安とされている。従来の乳房切除手術と生存率が変わらないことから、一時はマスコミでもてはやされた。

 しかし、今、揺り戻しが来ている。無理に乳房を温存すると、腫瘍をくり抜いたところが凹んだり、歪になったりして、乳房が変形することがあるからだ。

「それに、乳房温存手術は乳腺内に残る可能性のあるがん細胞を叩くために、原則的に放射線照射をしなければなりません。皮膚が硬くなり、伸びにくくなるため、あらためて乳房再建手術をしようとしてもリスクが高く、できあがりもよくないことが多いのです」

 そう話すのは形成外科医で、乳がんの乳房再建手術のパイオニア、ブレストサージャリークリニック院長の岩平佳子医師だ。乳房温存手術の問題点が明らかになってきたため、最近は無理に乳房を残さず、希望する人はその後に再建手術を受ければいいと考える乳がん専門医が増えている。

それに乳房再建手術は驚くほど進歩した。乳頭・乳輪を取っても、刺青を使ったり、同じような色の皮膚を移植したりすることで、どちらが残った乳房か一目ではわからないほど見事に再建できるのだ。

 乳房をふくらませるには、シリコンなどの人工乳房を使う方法と、腹部や臀部の皮膚・脂肪を使う自家組織再建がある。一般的な人工乳房の場合、乳房を切除した皮膚と筋肉の下に風船状の組織拡張器を埋め込み、少しずつ膨らませて皮膚を引き伸ばす。そして、残った乳房と釣り合う大きさになったら、シリコンと入れ換えて完成させる。

 人工乳房の再建手術は、12年から健康保険が適用されるようになり、より身近になった。岩平医師は言う。

「私が乳がんになったら乳房を全摘して、人工乳房の再建手術を受けます。うちのナースも全員が受けると話しています。手術方法には、切除手術と同時に組織拡張器を入れる『一次再建』と、切除手術後しばらく時間を置いてから入れる『二次再建』がありますが、わたしは一次再建を選びます。上手な医師がやれば、からだへの負担が少ないからです」

 岩平医師の患者には、70歳を超える人も少なくない。「夫や友人と温泉に行きたい」「孫とお風呂に入ったら、気持ちわるいと言われた」といった理由で来院する人もいるという。片側がないと下着がずれ、煩わしく感じる人も多い。

「乳房をつくりたいという思いに、年齢は関係ない。夫や子の意見ではなく、自分の意志で決めるべき」

 と、岩平医師は話す。ただし、乳房に対する考え方は、おなじ女性でも人によって様々だ。県立静岡がんセンター乳腺センター長の高橋かおる医師はこう言う。

「あなたならどうしますか? とたまに聞かれるのですが、価値観は人によって違いますので、答えようがありません。あえて言うなら、私は乳房の形は気にしませんので、私の場合は取り切ったほうがよさそうならば全摘して、再建もしないと思います。でも、もし母が再建したいと言ったら、反対はしないでしょう」

 高橋医師はむしろ、形のいい乳房温存にこだわるあまり、傷の目立たない手術や、小さく取る手術ばかりが重視される傾向に疑問を抱いているという。

「昔の外科医は『がんを取り残してはいけない』と考えていました。ところが最近は、『傷を大きくしてはいけない』『組織を取り過ぎてはいけない』という考えが主流です。しかし、目立たない位置を切る手術や腋の下からカメラを入れる手術は、がんの真上の皮膚を切り開く手術に比べると、がんをきちんと取り除くにはかなりの技術が必要とされます。手術方法を選ぶとき、医師も患者さんも『がんの怖さ』を忘れないでほしいと思います」

乳がんは比較的早期でも、全身にがん細胞が広がっている場合があり、再発を予防する術後の薬物療法が重要だ。がんの進行度やタイプによって使われる薬は変わってくるが、どんな組み合わせで、どれくらいの期間投与するかは、「標準治療」として確立している。

 埼玉医科大学国際医療センター包括的がんセンター長(乳腺腫瘍科教授)の佐伯俊昭医師は、「自分の妻が乳がんになったら、『標準治療』をすすめる」と話す。

「よく『標準』という表現が、寿司にたとえると『並』の印象を与えますが、そうではなくて特上なんです。成功を保証するものではありませんが、ベネフィット(利益)とリスク、コストがすべて明確になっており、安心して受けられるのが標準治療です」

 標準治療をしっかり受けるには、それを熟知している「日本乳癌学会乳腺専門医」や乳がん看護の「認定看護師」が所属し、チーム医療ができている施設が望ましいと佐伯医師は言う。


©iStock.com

「たとえば、腋の下のリンパ節を切除すると、腕が腫れるリンパ浮腫に悩む方がいます。また、抗がん剤の副作用で髪の毛が抜けたり、皮膚が荒れたりする人もいます。そうした悩みに、医師だけでは対応できないことの多いのが乳がんです。看護師、薬剤師、ボランティアなど、いろんな立場の人が支えになってくれる施設を選ぶといいでしょう」

 抗がん剤治療を受けると髪の毛だけでなく、まゆ毛やまつ毛も抜ける。前出の久留米総合病院では、メイクやスキンケアの工夫、リンパ浮腫への対応などを学べる「おしゃれ教室」を開催している。「女性はおしゃれをするだけで元気が出てくる」と、院長の田中医師は言う。こうした取り組みができるのも、チーム医療ができているからだ。

 乳がんは5年を過ぎても再発することがあるので、長く付き合える医師や病院と出会うことも大切だ。


所属は2016年6月現在



■理想の治療のための5つのポイント
(1)40歳以上の女性は2年に1度、マンモグラフィ検診を。ただし、限界があることも理解が必要。
(2)がんをくり抜いた跡が変形することもあるので、乳房温存にはこだわりすぎない。
(3)乳房を残すか再建するかは、夫や子の意見より、本人の意志を尊重すべし。
(4)再発予防に薬物治療が重要。標準治療がしっかりできる乳腺の専門医のもとで治療を。
(5)5年を過ぎても再発の可能性があるので、長く支えてくれるチーム医療のよい病院を。


引用元:
名医が受けたいがん治療(4) 乳がん篇(文春オンライン)