市販の風邪薬や解熱鎮痛薬などに配合されている「イブプロフェン」という成分が、男性の性腺機能を低下させ、男性不妊に関係する可能性がある――。そんな研究結果を、デンマークやフランスの研究者たちが示しました。

■男性不妊の原因の1つは内分泌系の異常

 先進国では男性不妊の増加が懸念されており、ホルモンを分泌する内分泌系の異常が主な原因の1つと考えられています。

 これまでに、イブプロフェンを含む鎮痛薬を妊婦が使用すると、先天奇形や、子どもの生殖機能に異常が生じるリスクが上昇するという報告はありましたが、成人男性に対するそうした薬剤の影響はほとんど分かっていませんでした。

 今回、デンマーク・コペンハーゲン大学のDavid Kristensen氏らは、イブプロフェンと男性の性腺機能の関係を調べるため、(1)若い健康な男性にイブプロフェンまたはプラセボ(偽薬)を投与する無作為化試験[注1])と、(2)ヒトの精巣の一部を培養してイブプロフェンを作用させる実験などを行いました。

■テストステロンの値には差がなかったが……

 (1)の無作為化試験では、18歳から35歳までの31人の健康な白人男性を登録し、14人にイブプロフェン(600mgを1日2回;通常、日本の成人が1日に使用する最大用量の2倍)、17人にプラセボを、それぞれ6週間投与しました。

[注1] 無作為化試験:参加者を条件の異なる複数のグループにランダムに割り付けて、その後の経過を比較する臨床試験のこと。無作為化比較試験、ランダム化比較試験ともいう。

投与前から投与終了後までの間に複数回採血して、血中のテストステロン値(男性の生殖機能に関係する男性ホルモン)を調べたところ、イブプロフェン群とプラセボ群の間に差は見られませんでした。

 ところが、イブプロフェン群では、14日時点で血中の黄体形成ホルモン(LH)の濃度がプラセボ群に比べ23%高く、44日時点では33%高くなっていました。LHは、精巣でテストステロンを産生する「ライディッヒ細胞」という細胞を刺激するホルモンです(囲み参照)。






 血中LH濃度の変化は、血中のイブプロフェン濃度と呼応するように生じていました。また、ライディッヒ細胞の機能の指標として用いられる「遊離テストステロン/LH比」を調べたところ、イブプロフェン群では、プラセボ群に比べて14日目に18%、44日目には23%低下していました。

 これらの結果は、イブプロフェンが、代償性性腺機能低下(囲み参照)を誘発することによって男性の生殖機能を低下させる可能性を示唆しています。

■イブプロフェンは内分泌系に変化をもたらす

 次に研究者たちは、精巣にイブプロフェンが与える影響を直接調べるために、前立腺がんの患者から採取した精巣組織片を培養し、イブプロフェンを加える実験を行いました。イブプロフェンは、人が経口摂取した場合の血中濃度と同様の濃度になるよう調節しました。

 その結果、イブプロフェンを加えた細胞群では、テストステロンを含む性ホルモンの分泌量が低下していました。同時に、ステロイドホルモンの生成にかかわる遺伝子の発現も大きく低下していました。従って、イブプロフェンは、精巣のステロイド産生能力を抑制すると考えられました。

 一方で、イブプロフェンは、精子形成細胞の遺伝子発現と生存には影響を及ぼしていませんでした。

 最後に著者らは、精巣以外にあるステロイド産生細胞にもイブプロフェンが同様の作用を及ぼすかどうかを調べました。人の副腎皮質由来の培養細胞の培養液にイブプロフェンを加えたところ、上記と同様の、ステロイド産生能力の抑制が見られました。

 以上から、イブプロフェンは、比較的短期間の使用であっても、人の精巣のステロイド産生を抑制し、内分泌系に変化を生じさせるために、代償性性腺機能低下を誘発する可能性があることが示されました。

 著者らは、「イブプロフェンを長期にわたって使用すれば、代償性性腺機能低下症が真の性腺機能低下症に進行して、血液中のテストステロン値が下がり、性欲、筋力、筋肉量の低下や、抑うつ、疲労感といった症状が現れるかもしれない」と推測し、イブプロフェン使用に対する注意を喚起しています。

 論文は、2018年1月8日付のPNAS誌電子版に掲載されています[注2]。

[注2] Kristensen DM, et al. PNAS. 2018;115(4):E715-E724. doi: 10.1073/pnas.1715035115. Epub 2018 Jan 8.


引用元:
風邪薬に配合イブプロフェン 男性不妊に関係? (日本経済新聞)