今月末で閉院する大阪市立住吉市民病院(住之江区)が、20日で外来診療を終えた。小児・周産期医療の拠点として地域を支え、若年の妊婦や経済的困難を抱える患者らのよりどころでもあった。大阪府・市の「二重行政」解消策の一環で、4月から約2キロ離れた府立急性期・総合医療センター(住吉区)に統合される。最後の診察に訪れた患者は「不安を解消してくれる場所だった」「寂しい」と惜しんでいた。【林由紀子】
「先生? 今から仕事やねんけど、子どもどうしよう……」。舟本仁一院長(64)のもとには、生活のため風俗店で働く患者からのSOSも届いた。患者が求める支援は、医療だけにとどまらなかった。病院で働く全てのスタッフに、ここが「最後のとりで」との意識が根付いていた。
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20日午後、小学5年の長男(11)が舟本院長の診察を受けた住之江区の介護ヘルパー、植川絵美さん(39)は「ぜんそくの息子が野球をしたいと言い出した時、『病気と付き合いながらスポーツもできるよ』と励ましてもらったことが一番うれしかった。今日が最後になるのは残念です」と話した。
同病院は元々、内科や外科なども備えた総合病院。年間約550〜700件のお産を扱い、2008年には高度周産期医療を担う「地域周産期母子医療センター」に認定され、入院可能なベッド数は198床あった。
病院はある虐待死事件を機に、社会的リスクのある患者の治療や支援にいっそう力を入れるようになった。10年12月、当直だった舟本院長(当時副院長)は、瀕死(ひんし)の状態で搬送された2カ月の男児を診察した。男児は約1カ月後、転院先で死亡。父親が傷害致死などの罪で逮捕・起訴された。
「なぜ救えなかったのか」。男児は住吉市民病院で生まれた。運び込まれる前日まで骨折で同病院に入院していた。両親とも耳に障害があり、出産前から多くのスタッフが関わってきたが、「支援」にとらわれるあまり虐待の兆候を見逃した。
病院一丸で虐待防止に取り組み始めていた12年5月、大阪府・市の方針で閉院が決定。「下を向けば医療の安全に関わる。残りの期間、この病院にしかできないことをやろう」。経済的苦境に陥りやすい18歳未満の妊婦は、出産後も行政やNPOと連携し経過を見守った。特別養子縁組で親子となる母子を入院させての養育支援。家族の緊急時に重症心身障害児を預かるショートステイ……。どんな患者も断らない姿勢で地域の信頼を築いた。
舟本院長は4月から同区内のクリニックに移る。「病院がなくなっても支援が必要な患者はいなくならない。新たな勤務先で、住吉市民病院が果たしてきた役割の一部でも担えれば」
引用元:
大阪市立住吉市民病院 閉院 住吉のとりで、最後まで 虐待死教訓、若年妊婦・貧困家庭支え(毎日新聞)