妊婦の血液に含まれる胎児のDNAを分析し、ダウン症など染色体異常を調べる新しい出生前診断について、日本産科婦人科学会は全国約90の認定医療機関で実施している臨床研究を終了し、一般診療とすることを決めた。

 診断は「35歳以上」「対象疾患はダウン症など三つ」「遺伝カウンセリングを行う」などの要件を定め、学会が認定した施設で行ってきた。当面は認定施設のみで継続して実施し、要件の緩和は行わない。保険は適用されず、受診者の負担も約20万円と変わらない。

 ただ、詳細な計画書の提出などが必要なくなるため病院側の申請はしやすくなり、実施施設は増えるとみられている。背景には、晩婚化や女性のライフスタイルの変化で高齢妊娠が増加、診断を希望する人が増えていることがある。

 しかし診断は「命の選択」の側面も持つ。なし崩し的な拡大には懸念が残る。検査の意味や限界を妊婦に対して丁寧に説明し、冷静な判断を支援していく仕組みを整備することが不可欠だ。

 新出生前診断は臨床研究として2013年に始まった。妊婦のおなかに針を刺す羊水検査と違い、負担が少ない採血で済む。手軽で診断精度も高いことから希望する妊婦が増加。当初15だった実施医療機関は昨年12月に89になった。一方でニーズを背景に無認定のクリニックが検査を提供するケースも相次ぎ、対応を迫られていた。

 一般診療とすることで指針に基づいて行う施設を増やし、無認可検査に歯止めをかけようという狙いは理解できる。しかし急速な普及が妊婦の不安をあおり、「検査を受けて当然」という流れに拍車を掛ける可能性もある。

 妊婦やパートナーは子どもを授かった喜びもつかの間、「検査を受けるかどうか」、検査で陽性と出たら「産むか産まないか」の厳しい判断を迫られる。検査段階からしっかりした相談体制を整え、サポートしていく必要がある。

 研究チームによると、昨年9月までに受診した妊婦の総数は約5万1千人。陽性判定が出た933人のうち、781人が羊水検査を受け、異常が確定した人の約9割が人工妊娠中絶を選んだ。

 それぞれが、他人には想像も及ばないほど深く考えた末での苦渋の決断だったに違いない。しかしそれでも、最終的には命が“望ましくない”と判断された事実から目をそらすことはできない。

 ダウン症とともに生き、豊かな人生をおくる人は多くいる。にもかかわらず、何が妊婦たちを追い詰めたのか。安心して産み育てられる福祉環境の欠如、障害への無理解といった社会の側の問題にも正面から向き合う必要がある。

 遺伝子診断をはじめ医療の進歩は急速だ。今後、予測が可能な遺伝性の病気はもっと増えることが予想される。その時、“望ましくない”と判断されるのは自分かもしれない−。新出生前診断の本格実施はそんな未来も暗示する。どこまで行っていいのか、一人一人が自分の問題として考えたい。

引用元:
新出生前診断 本格実施には懸念が残る(熊本日日新聞)