化学療法はありか、なしか。それが問題だ。
乳がんの女性患者に化学療法を施すべきかどうかで医師の意見が分かれている。化学療法は長い間、手術や放射線療法と並んで、乳がんと闘うのに不可欠の手段と考えられてきた。
多くのがん専門医は、リスクが高く、効果がないとして一部の早期乳がんに化学療法を用いるのを避けている。かつては浸潤性乳がん患者の大多数が、手術と放射線療法と化学療法を組み合わせた治療を受けていた。
化学療法を減らすか、全く用いない方向へのシフトは「ディエスカレーション(段階的縮小)」と呼ばれる。長年行われてきた過剰な薬剤投与は患者に効果よりも害悪を及ぼすのではないかと考える医師がおり、こうしたシフトを革命的だと称賛する声が一部にある。彼らは化学薬品の使用はがんの転移を抑えられる可能性が高い場合に限るべきだと主張する。
一方、ディエスカレーションは、がん専門医の意見に隔たりがあることを浮き彫りにした。患者が生き続けるのに必要な治療を受けられなくなると危惧する医師もいるからだ。がんによる死亡率は1980年代末から低下し続け、研究者の一部は化学療法が一定の役割を果たしたと評価する。化学療法は1940年代に導入され、最初は化学兵器の一種であるナイトロジェン・マスタードが使用されたが、当時に比べるとおおむね毒性は弱められ、有効性が高まっている。吐き気などの副作用はあるものの、医師がそれをコントロールする技術も進んだ。
過剰な治療に対する議論が高まる中、化学療法を巡って亀裂が表面化しつつある。乳がんの治療法について再評価する時期にも来ていると、一部の医師は指摘する。
「過剰な治療を施された女性患者が何万人もいる。彼女たちは必要のない手術、必要のない放射線療法、必要のない化学療法を受けてきた」。こう話すのは化学療法の低減を支持するミシガン大学のスティーブン・カッツ医学教授だ。
かつて化学療法は、がんの決定的な治療方法だと広く考えられていた。だが腫瘍生物学への理解が深まるにつれ、多くの医師は化学療法に対する姿勢を変化させた。遺伝子検査によって腫瘍にそれぞれ判定が下される。スコアが低ければ、患者の予後は良好とみられ、化学療法の出番はない。スコアが高ければ、再発リスクが高いため、従来の化学療法による治療を受ける必要がある。中間的なスコアは化学療法を施すべきかどうか、医師が頭を悩ませるグレーゾーンとなる。
化学療法を選ばぬ患者
マサチューセッツ州在住の数学講師フェイ・ルオップさん(67)は2014年、浸潤性乳がんと診断された。腫瘍は1.3センチで「急速に大きくなっていた」という。遺伝子検査では彼女の腫瘍は「低スコアの最上位」という微妙なレベルだった。
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ルオップさんの主治医で、ダナ・ファーバーがん研究所の乳がんプログラムを率いるエリック・ワイナー博士は、彼女の症状が「簡単ではない」と告げた。ワイナー氏は「化学療法を行う可能性が非常に高かった」と振り返る。患者と医師はメリットとデメリットをよく話し合い、化学療法を行わないと決断した。腫瘤(しゅりゅう)摘出手術と放射線療法、ホルモン療法による治療を進めることになった。ルオップさんは化学療法を避けることを希望したが、今も不安はないと話す。「自分の主治医であるがん専門医を信じるべきだ」
化学療法を拒否した場合でも、手術や放射線療法といった治療は行われる。エストロゲン(女性ホルモン)受容体陽性の乳がんであれば、ホルモン療法も受けることになる。抗エストロゲン薬のタモキシフェンなどを服用すれば、再発のリスクが低減される。
カッツ教授とスタンフォード大のアリソン・クリアン博士が昨年12月、米国立がん研究所の学術誌で発表した論文によると、早期の乳がんに対する化学療法の使用は減る傾向にある。乳がんの初期段階にある患者約3000人と2013〜15年にその治療を担当した医師約500人を対象に調査したところ、この期間に化学療法を治療に取り入れた比率は34.5%から21.3%に低下していた。
同時に掲載された論説の上席執筆者であるダナ・ファーバーがん研究所のワイナー博士は、化学療法のマイナス面を強調した。同博士によると、化学療法の利点は「限定的」である半面、「毒性は手に負えないことがある」とし、長期的な影響として白血病や心不全、神経障害、早発閉経、不妊症などの可能性を挙げた。
ただワイナー博士は、必要と判断した場合は自身も化学療法を指示するとし、リスクと利点のバランスを取ることが課題だと述べた。「医学界は副作用や女性の生活への影響を過小評価している」と指摘。さらに、乳がんに対する理解が深まったおかげで「結果を犠牲にすることなく化学療法を減らせるだろう」と述べた。
‘「過剰な治療を施された女性患者が何万人もいる。彼女たちは必要のない手術、必要のない放射線療法、必要のない化学療法を受けてきた」’
—ミシガン大学のスティーブン・カッツ医学教授 .
静脈内に投与される化学薬品の副作用には吐き気のほか、脱毛やけん怠感などがある。特定のがん患者に化学療法が有効なことは専門医の意見が一致しており、議論すべきは薬品そのものより、どのような患者に投薬効果があるかだと同博士は指摘した。
批判は行き過ぎか
これに対し、主要ながんセンターの医師らは、化学療法に消極的なアプローチは危険をもたらすと懸念する。化学療法への批判は患者に恐怖感を与え、命を救う決断を妨げる可能性があるという。より複雑な乳がんの治療に化学療法を取り入れない場合の影響について、まだ十分なデータがないとも主張する。
メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターの医長を務めるホセ・バセルガ博士は、乳がんの分野で「集団心理」が働き、綿密な調査研究によってこのアプローチの正しさが証明される前に、化学療法を減らす動きが強まるのではないかと警戒する。より複雑な乳がんの患者には「信念や希望ではなく、データに基づいて臨床判断を下す必要がある」
「化学療法は毒であると軽々しく言うが、冗談ではない」とバセルガ博士は言う。「化学療法はこれまで非常に多くの命を救ってきた。それに関する疑問はみじんもない」
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米国がん協会の医学・科学最高責任者オーティス・ブローリー博士によると、1980年代末の乳がんの死亡率は女性10万人あたり32.2人だったが、2015年には20.5人と39%低下した。それでも同博士は化学療法を減らす動きを支持する。遺伝子検査で「化学療法が必要な女性を特定できていると思うし、さらに重要なことに、化学療法の必要がない女性を特定できている」と考えるからだ。
‘「化学療法はこれまで非常に多くの命を救ってきた。それに関する疑問はみじんもない」’
—メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターのホセ・バセルガ博士 .
MDアンダーソンがんセンターのガブリエル・ホルトバギー医師は40年以上患者を診てきたが、乳がん患者の死亡率が高かった頃を今も思い出すという。
「治療法の毒性に対処する必要があるのは確かだ。しかし責任を持ち、非常に高いレベルの証拠をもとに行うべきだ」と言う。「最悪の毒性は命を落とすことだから」
引用元:
乳がん治療、人気失う化学療法 リスクかメリットか、医師の意見は二分 (ウォール・ストリート・ジャーナル日本版)