不妊治療は女性がクローズアップされることが多い。だが、世界保健機関(WHO)の調査では、「男性のみが原因」「男女ともが原因」はそれぞれ24%。つまり、男性が関与しているケースは48%と半数を占めるのだ。男性不妊。すなわち、男性が原因となっている不妊治療の現状をリポートする。

泌尿器科で診察

 「精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)ですね」

 2013年夏、茨城県の団体職員、酒井隆一さん(39)=仮名=は、泌尿器科の診察室にいた。

 「何ですか、それ?」 

 精索静脈瘤とは、精巣の静脈に血液が逆流してこぶのようになっている状態をいう。精巣の温度を上げるなどし、精子を作る機能を低下させてしまうのだ。精索静脈瘤は、男性不妊の原因の35%程度にみられる。

 酒井さんは07年、30歳で1歳下の妻と結婚した。

 「避妊をやめたら、すぐに子供ができるだろう」

 しかし、なかなか授からなかった。そこで10年、不妊専門クリニックを受診した。

 子宮に精子を注入する「人工授精」、体外で精子と卵子を受精させて戻す「体外受精」と治療をステップアップしたが、結果は出なかった。

たまたま、引っ越しを機に転院。妻が通うクリニックの上階に入居していた泌尿器科の門をたたいたのだ。酒井さんはすぐに手術を受けた。

 かつて精液検査を受けた際、「運動率が正常値内の下限ぎりぎりでした。いい時も悪い時もあったけれど、『精液の成績は水物』と言われ、特に問題になっていませんでした」。手術の後、徐々に精液所見は改善している。

少ない専門医

 厚生労働省の研究班(研究代表・横浜市立大生殖医療センター泌尿器科、湯村寧部長)が15年から16年にかけて、男性不妊治療を専門とする泌尿器科医39人から患者7千253人の不妊原因を聞き取ったところ、最多は精子を作る機能に異常がある「造精機能障害」(82・4%)だった。「性機能障害」(13・5%)や「精路通過障害」(3・9%)と違い、男性自身が気づいていない例が圧倒的ということだ。

 このように男性不妊は男性自身が認識しづらい例が多いことに加えて、専門の泌尿器科医が少ないことが問題として指摘されている。

 日本生殖医学会が認定する生殖医療専門医は、今年4月時点で649人。ほとんどが産婦人科医で、泌尿器科医はわずか51人。

 また地域の偏在も大きい。泌尿器科の専門医は東京に9人、神奈川に6人、大阪に10人と半数が都市部に集中。1人もいない自治体が32県に上る。

 この結果、男性不妊治療専門の施設が少なく、ほとんどの不妊治療専門施設では産婦人科医のみが診察、精液検査しか行われないことも少なくない。

厚労省研究班の調査では、不妊治療を経験した男女333人のうち本人かパートナーが精液検査を受けたことがあると答えた人は297人で約9割にのぼるが、男性72%、女性81%が「産科・婦人科」で受けている。「泌尿器科」は男性21%、女性10%にとどまる。

 研究班の湯村代表は「不妊治療施設で男性不妊外来がない場合、精索静脈瘤は見逃されてしまう可能性もある。もし、精液所見が悪ければ、一度泌尿器科を受診してほしい」と話す。

 なお、調査では男性の検査は、半数近くが「女性の検査が終わってから」と答えているが、湯村代表は「男性の検査や治療を後回しにしているうちに、女性の年齢が上がると妊娠しづらくなってしまう。男女同時進行で診療したほうがいい」と提言する。

 男性の原因が分かれば、すぐに体外受精という選択をしないですむ可能性も出てきて、女性の精神的・身体的負担の軽減や治療費削減につながるということだ。

男性も不妊治療の当事者

 精索静脈瘤の診断は、酒井さんを変えた。

 「これまでは、あくまでも“妻のサポート”という意識がどこかにありました。でも、自分も“不妊治療の当事者”だ、という思いが強くなりました」

 運動や食事など生活習慣の改善にも励んだ。不妊治療を続け、今年3月、長男が誕生した。

治療過程では葛藤もあった。

 なんといっても、泌尿器科の受診自体に抵抗があった。待ち時間には、周囲の視線が気になった。

 「泌尿器科は、尿漏れのお年寄りか性病の人が受診するイメージ。医師の触診にも抵抗はありました」

 精液検査で悪い結果が出ると、「男らしくない」という言葉に敏感になったこともあった。

 しかし、いま、日々成長し、表情が豊かになっていくわが子を見て酒井さんは思う。

 「男性も検査をきちんと受けるべき。妊娠出産は女性1人でできることではないですから」
(男性不妊治療取材班)

 不妊治療の助成制度 公的医療保険が適用されない体外受精などの不妊治療について、国は少子化対策の一環として助成制度を設けている。次の2点が条件。

 (1)治療開始時における妻の年齢が43歳未満

 (2)夫婦の合計所得730万円未満

 対象となる治療は、体外受精と顕微授精。初回の治療で最大30万円、以降は1回15万円を助成。初めて助成を受けた際、妻が40歳未満の場合は6回、40歳以上の場合には3回助成される。男性不妊の手術に対しては、1回15万円が助成される。

 実施主体は、都道府県など。自治体によっては、独自の助成を行っている場合もある。申請方法など詳しくは、居住地を管轄する保健所や自治体に問い合わせを。




引用元:
少ない専門医、進まぬ受診「男性も不妊の当事者」(日本経済新聞)