■男の「産後うつ」の罹患率は女性と同じ

 産後うつは女性だけの病気ではない――。「ワンオペ育児」など、母親の子育ての孤立化が社会問題になっている今、父親の理解とサポートを強く求める風潮は強くなる一方だ。だが、現代の父親もまた、慣れない育児への戸惑いや経済的負担感、長時間労働などから、ストレスをためやすい状況にある。

 実は、産後うつになる男性は約8%というカナダのカルガリー大学などの調査がある。女性の約10%とほぼ変わらない数字だ。

 妻の産後、自分もうつになった加藤雅史さん(仮名、46歳、大阪府)が語る。

「妻が産後うつで療養することになったため、私が妻と息子の面倒を見ることになり、育児休暇をとりました。一日中、育児と家事、そして妻の面倒に追われて、今度は私の方が精神的に参ってしまい、アルコールの量が増えました。しかも妻の実家で療養したため、居候の私は『マスオさん』状態。近所に知り合いもおらず、ストレスを発散できなくて、追い込まれたのです」

■真面目で優しい人ほど要注意

 日本では、兵庫医療大の西村明子教授らの2015年の調査で、産後4か月の807人の父親のうち、13.6%にうつ病のリスクがあることが分かった。

 国立成育医療研究センター政策科学研究部の竹原健二室長らの2016年の調査では、産後から3カ月の215人の父親に、産後うつのリスクが一度でもあった人が約17%いた。産後2カ月でリスクありと判定された人は、そうでなかった人に比べて「泣いているのを放っておく」「大声で叱る」「お風呂に入れない、着替えをしない」など子どもへの接し方がその時点で悪くなっている傾向が7.7倍高かった。

 竹原室長は、「産後うつになりやすいのは真面目で優しい人だと思います」と話す。また文献などによると、パートナーの産後うつ、夫婦関係が良くないこと、経済的不安定、雇用形態なども父親の精神状態に大きく影響する。

 前出の加藤さんは、「それまでの仕事は外に出ることが多かったので、ずっと家にいて、すべての家事や育児をしなければいけないというのはかなりキツかったです。子どもに関わることが面倒になり、離れたいと思うようになりました。また、育児休暇に入って、収入が激減したことへの不安、そして職場復帰後に元のポジションに戻れるのかという不安が常にありました。働いている時から、妻の体調不良をフォローするために、早退することが多かったので、『あいつは使えない』というレッテルを貼られてしまった雰囲気がありましたから」と、仕事に関する不安が強かったと話す。

 男性にとって、家族が増えるということは幸せなことである一方、責任が大きくなることでもある。安定して収入を得られるかという不安は男性に大きくのしかかってくる。

■政府の「イクメン」推進は根性論

 一方で「イクメン」ブームの高まりもあり、国も父親に対して育児や家事をするよう努力を求めている。内閣府が 「イクメン」を推進するポスター では、日本の夫の家事・育児時間がスウェーデンの201分、ノルウェーの192分などと比較して67分と短いことが示されている。ポスターでは「男性の暮らし方・意識が変われば日本も変わる」、「日本人男性も世界レベルの家事メンに」として、2020年までに150分まで、つまり男性個人の努力によって現状より1時間23分伸ばすことが目標とされている。

 しかし、そんなことは可能なのか。OECDの調査では、2016年の日本人1人当たりの年間労働時間は1713時間、ノルウェーは1424時間、スウェーデンは1621時間。そもそも日本の労働時間はこれらの国と比較して長い。総務省の社会生活基本調査(2011年)で男性の一日あたりの「自由時間」を見るとノルウェーやスウェーデンに比べて1時間以上短かった。そもそも日本は労働時間が長く、家事や育児に使える時間が少ない国なのだ。

 特に昨今では、ブラック企業問題や過重労働による自殺などが取り沙汰され、政府が働き方改革に乗り出すほど日本の長時間労働は社会問題化している。

 竹原室長は、「今の父親たちは、長時間労働が当たり前で帰宅時間が深夜近い人も多く、帰宅すると育児で疲れた妻を気遣って家事や育児をし、寝るのは深夜でまた早朝から出勤と、過労に近い状態です。ここからさらに家事・育児の時間を増やそうとすると、追い込まれて体調や心のバランスを大きく崩す人が増えてもおかしくありません。社会の問題が、父親個人の努力や認識の問題という風にすり替えられていると思います。まずは長時間労働の改善が喫緊の課題です。それが結果的に母親へのサポートにもなると思います」と話す。

 労働環境の改善は、個人のためだけでなく育児サポートや少子化対策につながるという意識で、国や企業が意識改革をすることも必要だろう。

■男性は環境を整えるサポート役を

 竹原室長は「今の父親世代は、高度経済成長期終わりごろの、家庭を顧みずに働く父親の背中を見てきた人たちが多く、家で育児・家事も担うというロールモデルがなくギャップもある」と指摘する。父親自身が今の家庭の中での父親像を確立していかなければいけないことも育児に戸惑う父親の負担感の一つなのだろう。

 産後すぐの時期の父親から母親へのサポートについては、産前産後の母親をサポートする一般社団法人ドゥーラ協会の宗祥子代表理事が次のようにアドバイスする。

「産後は、男性と女性の役割は違います。最近は優しい男性が多いので、出産後の母親と一緒にそのまま産院に泊まり込んで、赤ちゃんが泣いたらすぐに起きてあやしたり、授乳の手伝いをしたりする男性が増えてきました。でも、産後すぐの時期は女性と男性はホルモンの状態が違い、女性は短時間睡眠や授乳に生理的に対応しやすい体になっていますが、男性はそうではないので、全く同じ行動をとったら倒れてしまいます。産後の男性の役割は、女性が赤ちゃんの世話に集中できるように環境を整えることです。出産前に何が必要なのか父親と母親が一緒に考えておき、共同してうまく運ぶこと。もちろん、具体的な家事や育児の分担は必要ですが、母親と一緒になって行動することとは違います」

 父親が客観的に状況を把握し、産後に動けない母親の代わりに買い物やヘルパーなどのサービスの情報収集や手続き、知人友人への依頼、自ら動ける部分の分担をするなど、環境そのものを整えるために動くことが大切だ。

■東京都北区では父親のサポートに乗り出した

 産後の父親サポートに向けて動き出した自治体もある。東京都北区では、5歳までの子どもを育てる父親を支援するためのプログラムを開いており、これまでに約90人の父親が参加。父親からは仕事・家事・育児のバランス、子どもとの関わりなど様々な悩みが寄せられたという。

 プログラムの担当者は「(参加する父親は)育児に対して積極的で前向きな方が多く、仕事も、パートナーのことも一生懸命考えて行動しています。プログラム中、自分にはなかった考え方や行動を他の方の意見から発見されたり、同じような悩みを持つ父親同士で話し合って気持ちが楽になったり、プログラム終了後に子どもと積極的に遊ぶようになった方もおられました」と話す。

 父親側にも潜む産後うつのリスク。産後うつと診断されるほど深刻な状態に陥らなくとも、そのリスクが高まれば、結果として家族全体が余裕をなくして子どもに悪影響を与えてしまう可能性がある。長時間労働の是正など個人の努力を超えた問題も大きいため、社会全体で子育てをしていくという意識改革が必要だろう。
(熊田 梨恵)

引用元:
なぜ男の10人に1人が「産後うつ」になるのか(ニフティニュース)