がん患者への抗がん剤による化学療法は妊孕性(妊娠のしやすさ)を低下させる。がんにより妊娠が難しくなる患者を支援するため、2016年4月に「医療法人社団レディースクリニック京野」が、治療前に卵巣を凍結して保存しておく「HOPE(日本卵巣組織凍結保存センター)」を設立すると発表した――。医療法人社団レディースクリニック京野理事長の京野廣一医師に卵巣凍結の仕組みについて訊いた。

全国から凍結卵巣を受け付ける輸送体制を確立

 卵巣凍結によってこれまで世界で95人、日本では2人の患者さんから赤ちゃんが生まれている。新しい生殖補助医療(ART)にはそれを支えるネットワークも必要だ。

――前回は、卵巣凍結を実施できる医療機関は31施設あるとされている、とお話しがありましたが、その中でHOPE(日本卵巣組織凍結保存センター)を立ち上げられた背景について教えてください。

京野:卵巣凍結における凍結技術や設備を独立させ、各医療機関と連携することによって、卵巣凍結を地域格差なく選択していただけることを目的としています。

 卵巣凍結、保存ができる施設を30年以上維持すると5億円以上かかると試算されています。ただ、前回でもお話しした通り、現時点で卵巣凍結が適用される患者さんの数は多くても年400名程度です。

 ですから、とても各都道府県レベルの数で維持できるものではありません。「卵巣を摘出する機関」と「卵巣を保管する機関」は別でいいのです。

――卵巣はどのような技術で凍結されるのですか?

京野:世界で生まれた95人のうち93人が緩慢凍結法という技術が使われています。毎分0.3℃ずつ−30℃まで緩慢に冷却していきます。これ以外に急速ガラス化保存法というものもあり、約1分で細胞を脱水・濃縮し、液体窒素で瞬時に凍結します。HOPEでは緩慢凍結法を採用しています。こちらの凍結法のほうが、凍結・出産の実績も高く、解凍時に凍結保護剤の成分が残らないため安全性が高いのではないかと考えています。

――HOPEでは、卵巣はどこで保管されているんですか?

京野:HOPEの卵巣凍結保存センターは都内にあります。

――都内の保管センターだけで、全国からの保管依頼に対応できるのですか?

京野:はい。卵巣は保存液に入れて送れば、24時間以内ならなんら遜色がありません。24時間なら北海道から沖縄まで日本全国対応できますし、搬送会社とも連携が取れています。

――卵巣凍結をする際の費用について教えてください。

京野:卵巣摘出、保管、移植の3つのフェーズに分かれますが、卵巣摘出は多くの病院で3泊4日ほどの入院で、費用はおよそ60万円くらいです。卵巣の保管は1年10万円で、乳幼児の患者さんから摘出することもありますから、保存期間は最長で30年くらいですね。摘出した卵巣を移植する際も、摘出と同様に60万円ほどかかります。

――凍結した卵巣を体内に戻し、自然妊娠ができなかった場合は、その後、体外受精という選択肢もあるのでしょうか?

京野:95人の事例のうち約30人は体外受精によるものですね。


――卵巣の摘出、凍結は患者にとって、がんをはじめとする疾病の治療と同時に行われることになりますよね。

京野:はい。原疾患の治療が第一であり、卵巣凍結による妊孕性の確保はその次にくるものです。患者さんは、そのときは疾病のことで頭がいっぱいでも、あとで妊娠の可能性を残しておけばよかったと後悔することがないよう、医師としては話をしないといけません。

 ですから患者さんの精神的なサポートは大変重要です。カウンセラーや看護師など親身になって話ができる体制が不可欠です。

――女性ががんになると「妊娠はあきらめるように」と医師から言われるケースもあるようです。

京野:妊孕性についての認識や、また医師の先生の年代もありますね。以前がん専門医の先生にアンケートをとったことがあるのですが、ご年配の先生ですと妊孕性について、ご存知のないケースが多かったです。ただ、卵子、卵巣凍結という方法の認知度は広まりつつあります。

――もし、がんになって、妊娠がしたいのに主治医の先生が「妊娠はあきらめて」と言われた場合はどうすればいいのでしょうか?

京野:HOPEには窓口もありますので、連絡して頂ければと思います。年齢や病気によって、卵子凍結、受精卵凍結、卵巣凍結どちらの適用になるか、お住まいの地域に応じどこに相談すればいいかなど、全国にネットワークをつくっていますので、紹介させていただきます。

 今年4月に開催された第69回日本産科婦人科学会学術講演会では、産婦人科診療ガイドライン(GL2017)に女性悪性腫瘍患者の妊孕性温存に関するクリニカルクエスチョンが新規に採用されたことが紹介された。

 がん治療の世界での少しずつではあるが、女性の妊孕性への理解が進みつつある。しかし、医療者ですらこの問題にやっと関心が向けられてはじめられている状況だ。

 京野医師は次のように結んだ。

京野:卵子提供のルールひとつとってもなかなかルールが決まらない日本で、生殖補助医療の進む道はなかなか険しいものがありますが、医療界や社会的なコンセンサスの早期の構築が人の命や生活を守ると思います。
(取材・文=石徹白 未亜)


引用元:
卵巣凍結・保存にかかる費用は?摘出に約60万円、保管は年間10万円(HEALTH PRESS)