先頃、ヒト受精卵をゲノム編集して、深刻な病気を引き起こす遺伝子変異を修正することに米韓中の共同研究チームが成功した。同様の研究はこれまで中国の研究チームが3度挑戦して何れも失敗しており、今回のケースが世界初の成功例となる。

これにより、約1万種類ある特定の遺伝性疾患に対し、子供が生まれて来る前にそうした病気の芽を摘んでしまう画期的な医療技術の登場が期待される。その一方で、親が望み通りに子供を設計してしまう、いわゆる「デザイナー・ベビー」の誕生につながるとする危惧の声も聞かれる。

精子の遺伝子異常を修正

今回の研究を実施したのは米国のオレゴン健康科学大学とソーク研究所、韓国の基礎科学研究所とソウル国立大学、そして中国の国立遺伝子バンク等の共同チーム(日本の科学者も同研究をサポートしたが、直接、ゲノム編集に関与することはなかった)。彼らの論文は今月2日、英国の科学誌ネイチャーに発表された。

http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/nature23305.html?foxtrotcallback=true#affil-auth



今回、ゲノム編集の対象となったのは「肥大型心筋症」と呼ばれる遺伝性疾患だ。これは運動の最中に呼吸困難や胸の圧迫感などが生じ、最悪の場合、心臓が停止してしまう危険な病気で、一般人口の約500〜1000人に1人の割合で発症する。特に若い運動選手らに時折見られる突然死の原因とされる。

こうした肥大型心筋症を引き起こすのは、ヒトの(DNAを構成する)11番染色体上に存在する「MYBPC3」遺伝子の変異だ。

今回、共同研究チームはこの遺伝子変異を有する(つまり肥大型心筋症の)男性の精子を「クリスパー・キャス9」と呼ばれる最新鋭のゲノム編集技術によって修正し、これを12名の健康な女性から得た卵子と合体させることで(この病気を発症する恐れのない)正常な受精卵を作成することに成功した。

※ゲノム編集とクリスパー・キャス9については以下の記事を参照
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49044

成否を分けた要因とは

2015年から中国の研究チームが計3度行ってきた同様の実験は、いずれも精子と卵子が合体した後の受精卵をゲノム編集する方式だった。

しかし、このように受精卵がいったん作成されてしまうと、そこからどんどん細胞分裂が進んでしまうので、これをゲノム編集しても(細胞分裂したうちの)幾つかの細胞は狙った通りにゲノム編集できるが、残りの細胞にはそれが間に合わない。

つまり(細胞によってはゲノム編集が出来たり、出来なかったりという)モザイク状のヒト胚が生まれてしまい、これが実験失敗の主な要因となっていた。



これに対し、今回の国際共同チームが行った実験では、(受精する前の)卵子に(遺伝子変異を有する)精子とクリスパー・キャス9の試液を同時に注入した。これによって(受精する直前の)精子の遺伝子変異をゲノム編集し、即座に卵子と合体させることが可能になった。その結果、健康な受精卵を作成することができたのだ。

ただ、この過程で、研究に参加した科学者らが予想しなかった現象が生じた。

通常、この種の実験ではクリスパーの試液と一緒に、正常な遺伝子も細胞に注入する。その理由は、通称「DNAのメス」とも呼ばれるクリスパー・キャス9が細胞核内のDNA上にある遺伝子変異を切断・破壊すると同時に、その破壊によって欠損した箇所に、この正常な遺伝子を挿入して修復するためだ。

実際、(精子や卵子、受精卵など)生殖細胞以外の体細胞(筋肉、臓器、皮膚など身体各部を構成する細胞)では、このような方式によって科学者が狙った通りにゲノム編集できることが実験で証明されている。

今回の実験でも当然、MYBPC3の遺伝子変異を有する精子、そしてクリスパー試液と一緒に、(科学者があらかじめ化学合成によって作成した)正常なMYBPC3遺伝子が(健康な)卵子に注入された。

ところがクリスパーによって遺伝子変異を破壊された精子(のDNA)は、この共同研究チームが化学合成したMYBPC3遺伝子ではなく、健康な卵子(つまり母方)のDNA上にある正常なMYBPC3遺伝子をコピーし、これを自らの欠損箇所に挿入した。

つまり科学者らが予想したのは違う展開ながらも、結果的には精子の遺伝子変異が狙い通りに修正され、これが卵子と合体することで(肥大型心筋症を発症する恐れのない)健康な受精卵が生まれたのだ。

これにより(精子や卵子のような)生殖細胞の場合、体細胞とは異なるメカニズムに従ってゲノム編集が行われることが、図らずも示された格好になった。

臨床研究に進むか否かの判断は?

この種の実験は当然ながら体外受精で実施される。今回、共同研究チームが行った実験では12人の健康な女性から提供された卵子を使い58個の受精卵が作成されたが、そのうち42個の受精卵が狙った通りにゲノム編集された(=MYBPC3の遺伝子変異が修復された)。つまり成功率は72%である。

この結果をどう見るかについては意見が割れている。今回の実験はあくまで基礎研究という位置付けだが、「今後、これを臨床研究にまで進めようとするなら100%の成功率が求められる」とする意見がある一方で、「たとえ100%まで行かなくても、体外受精でゲノム編集に成功した受精卵だけを選んで母体に戻せば、現時点の技術レベルでも臨床研究へと進むことは可能」とする見方もある。

もちろん技術的には可能でも、実際に臨床研究へと進むためには倫理面の議論や社会的合意が必要とされるが、こちらは現時点でほとんど進んでいない。私たち一般人にしてみれば「生まれて来る前の段階で病気を治してしまえるなら、それに越したことはない」と思えるが、事はそう単純ではない。

その理由は、この種の医療的措置が仮に実現した場合、かつてのナチス優生学の復活やデザイナー・ベビーの誕生につながるとの懸念もあるからだ。また、肥大型心筋症のような遺伝性疾患を有する人の中には、「この病気があるからこそ、私は私なのだ」と感じている人もおり、彼らは「遺伝子異常を意図的に修正する」といった考え方には違和感を抱いているようだ(http://www.bbc.com/news/health-40802147)。

しかし、一方で、これから生まれてくる子供の立場から見た場合、「病気を引き起こす遺伝子変異を予め修正する科学的手段(=ヒト受精卵のゲノム編集)がありながら、それを実行に移さない方がむしろ非倫理的だ」という考え方も成立するだろう。

もちろん以上は、現時点で単なる議論の域を出ない。なぜなら日米欧をはじめ主要先進国では、「ヒト受精卵のゲノム編集」はあくまで基礎研究の対象であって、その臨床研究、つまり遺伝子変異を修正した受精卵を女性の子宮に戻して(遺伝子改変された)子供を誕生させるような研究は(法律ないしは科学界のガイドラインなどにより事実上)禁止されているからだ。

だが、こうした規制のない国であれば(少なくとも技術的には)臨床研究を行うことも可能だ。



この種の治療法の対象となるのは、前述の「肥大型心筋症」のみならず「ハンチントン病」や「テイ・サックス病」をはじめ、病気の原因となる遺伝子変異が明確に特定されている約1万種類の遺伝性疾患。さらにはBRCA遺伝子の変異が主な原因とされる「乳がん」なども含まれる。

これらの危険因子を抱えている人たちは「これから生まれてくる子供にだけは、(病気の原因となる)遺伝子変異を受け継がせたくない」という強い願いを抱いているとされる。

遺伝子改変ベビーの誕生は近い

もちろん、あえてゲノム編集に頼らなくても、体外受精を経て「着床前診断」と呼ばれる手法によって健康な受精卵だけを選び出すことは現在でも可能だが、それは確率的なプロセスなので時間と手間がかかったり、何度試みても、どうしても上手く行かないケースもあるようだ。また米国などキリスト教保守派が一定の影響力を有している国では、(着床前診断ではじかれた)特定の受精卵を廃棄することに強い反対意見が聞かれる。

これらのことから考えて、恐らく「ヒト受精卵のゲノム編集」に対する潜在的な要求は現時点でも相当強いと想像される。

かつてクリスパー発明者の一人であるジェニファー・ダウドナ博士は、「(ゲノム編集で)遺伝子改変された赤ちゃんは2025年頃までには誕生するだろう」と予想したが、今回の共同研究の成功を受けて、その時期は大幅に早まる可能性が出てきた。

「自動運転」「医療」「兵器」――「雇用崩壊」「シンギュラリティ」以前に、もっと深刻で危機的な状況が身近に迫っている


引用元:
まもなく「遺伝子改変ベビー」が現実となる可能性 技術的ハードルはほぼクリアした(livedoorNEWS)