接種へ科学的議論を
副反応(副作用)と見られる重篤な神経症状が起きたとして、子宮頸(けい)がん予防のためのHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンの定期接種の積極的勧奨が中止となり、今月で丸4年となった。この間、接種の利益に関する情報が途絶える一方、そのリスクを訴える情報がネット中心に広がっている。今やワクチンに疑問を持つ人の方が多いようだ。だが現実にはワクチンの有効性と安全性を示す知見が蓄積されている。次世代の健康を守るため、接種に向けた議論を科学的に進める段階にきていると考える。
今月11日、産経新聞朝刊1面に「子宮頸がん高まるリスク ワクチン勧奨中止から4年」との記事が掲載された。記事はニュースサイトに転載されたが、そのコメント欄に目をみはった。匿名で書き込まれた意見には「定期的に検診を受ければ大丈夫。ワクチンは必要ない」といった内容が目立ったからだ。
HPVは性交渉で感染が広がる。約100種類の型があり、50〜80%の人が一度は感染するが、多くは自然に排出される。このうち13種類ほどが子宮頸がんの原因になる高リスク型だ。HPVワクチンは、うち二つの型の感染を抑え、がんを予防する。そのため子宮頸がんワクチンは、HPVワクチンと呼ぶのが本来だ。接種後も他の型に感染してがんになる可能性があり、検診は欠かせない。
ただ、検診は予防策というより早期治療のための手段だ。検診で異常が見つかったら経過観察し、進行するようであれば切除手術を受ける。手術でがんは治せるが影響も残る。産婦人科の複数の診療ガイドラインによれば、手術によって早産など出産時のリスクは2倍前後に高まる。母体への影響を考え、まず予防接種で感染リスクを抑える対策は理にかなっている。
副反応の一方で感染防止効果も
私は昨年3月まで5年半、海外の有力医学論文を紹介する医学誌の編集に携わった。その中にデンマークとスウェーデンで実施されたHPVワクチンの大規模疫学研究があった。研究は両国の全国民が登録されたデータベースを使い、接種群と非接種群で神経疾患の発生率を調べた。その結果、両群に差はなく、HPVワクチンは神経疾患発症に関連しないと結論づけた。成果を知り、ワクチンを不安視する見方に疑問を持った。
日本でも2015年に名古屋市が市内の女性を対象に調査を実施。3万人の回答を解析し、接種の有無と症状には有意な差はないと中間発表した。調査に制約がある中でまとめられた貴重な成果だったが、最終報告で解析結果は出さなかった。当時、取材に対し同市は「反対する人からの反発が強かった」と説明した。
副反応報道が元でワクチンの不信感が高まったことは過去にもある。副反応をワクチンによる「被害」とみれば記事は大きく扱われることが多く、ワクチン本来の感染防止の効果には触れずに不安のみが強調されがちだ。
ただ今回の問題は過去の騒動と異なる。インターネットの存在だ。けいれんなどの副反応に苦しむ女性の動画はネットでいつでも見られる。見る機会が増えれば、実際よりも高い頻度で副反応が発生している印象が残る。またネット上の情報は玉石混交だ。正当な指摘もあるが、信ぴょう性の薄い情報や明らかなでたらめもある。それらが正されることなく拡散されている。
必要とする人に適切に届くよう
積極的勧奨の中止は「副反応の発生頻度等をより明らかにし、国民に適切な情報提供をする」というのが目的だ。中止した時、副反応の実態は不明だったが、追跡調査の結果、接種人数338万人に対し副反応疑い報告が2584人あり、1739人で発症日や経過が分かるなどの実態が判明した(14年11月報告)。さらに注射時の強い痛みがさまざまな症状を起こした可能性が指摘され、コミュニケーションを重視した治療などで改善していることも報告された。
しかし勧奨中止が「危険なワクチン」という印象を強めた面もある。厚生労働省が設けたHPVワクチンの「Q&Aサイト」も13年以降更新されず、最新の情報を知りたい立場に応えていない。オーストラリアなどではHPVワクチン導入4年でがんの前段階まで進む人が半減したという成果も報告されている。医療報道に関わる一員として、こうした情報が伝わっていないことに忸怩(じくじ)たる思いがある。
4月の厚労省の専門家検討会後、桃井真里子部会長は「医学的情報だけで予防接種行政はうまくいかない。一般の人とのギャップを少なくする努力をする」と述べた。もっともだと思う。だが4年の間にHPVワクチンをめぐる対立は深まり、何が事実なのか見えにくくなった。副反応の解明に努めると同時に、接種のメリットに関する情報提供の方法を考えるべきだろう。
もとより予防接種法の下での接種は強制ではない。副反応のリスクがどんなに低くても症状が表れた人には深刻な問題であり、当事者に寄り添った対応は欠かせない。一方で必要とする人には適切に届くよう積極的勧奨の中止を解く時期が近づいていると思う。
引用元:
子宮頸がんワクチン勧奨中止4年(毎日新聞)