病気などで子宮がない女性に、第三者から移植して妊娠・出産につなげる「子宮移植」の臨床研究に向け、慶応大のチームが年内にも学内の倫理委員会に計画の申請を目指している。世界でも広がりつつある子宮移植の今を、技術と倫理の両面から探った。【千葉紀和、渡辺諒】


 ●海外で5人が出産

 「子宮移植は技術的には可能」。今年4月、広島市で開かれた日本産科婦人科学会(日産婦)の学術講演会で、慶応大の木須(きす)伊織(いおり)・特任助教(婦人科腫瘍)はこう力説した。

 移植による妊娠までの流れはこうだ。女性から卵子を採取し、体外受精させて凍結保存した後、第三者から提供された子宮を女性に移植。1年近く免疫抑制剤を投与して子宮が拒絶されずに機能することを確認し、受精卵を戻す。

 想定される対象者は、生まれつき子宮がない病気「ロキタンスキー症候群」や、がんなどで子宮を失った女性。国内では出産適齢期の20〜30代で5万〜6万人と推計される。

 海外では2000年にサウジアラビアで初実施された。スウェーデンで14年、子宮移植を受けた女性から最初の子どもが誕生し、女性5人が計6人を出産したことが報告されている。ただ妊娠失敗例も少なくなく、成功例でも提供者の手術時間が平均10時間を超え、出血量も多かった。

 慶大や東京大のチームは09年から研究を始め、13年にはサルから子宮を摘出し、元の個体に再移植する実験で出産に成功したと発表した。4月の学会では、提供者の手術時間や出血量を大幅に軽減できるとする新しい移植手法を報告した。

 慶大は昨年、産婦人科や小児科などで作業部会を設け、医師や移植コーディネーターらが安全性などの議論を重ねている。学内の倫理委員会に加え関連学会の了承も得て、臨床研究を実施する方針だ。

 ●子への影響は?

 日本でも臨床研究段階に入る子宮移植。生まれてくる子に影響はないのだろうか。

 慶大チームは母親など親族からの提供を想定している。年を取ると卵子は「老化」するが、胎児を育てる子宮の機能は閉経後も残る。スウェーデンの例では提供者の平均年齢は53歳、最高齢は62歳だ。

 免疫抑制剤の影響も懸念される。一般的には妊娠の際、拒絶反応を抑える免疫抑制剤の投与は「禁忌」だが、子宮移植では使用する。これまでに生まれた子の健康上の問題は報告されていないが、長期的影響は検証されていない。

 昨年には世界17カ国の研究者が参加して「国際子宮移植学会」が設立された。副理事長を務める菅沼信彦・京都大教授(生殖医学)は「技術的には改良が重ねられ問題ないと言える。子どもを望むカップルの選択肢として、日本でも子宮移植を示せるようにすべきではないか」と話す。

 ●提供者に重い負担

 技術的に可能だとしても、倫理面の課題は多い。まず問われるのが、生命の維持ではなく、出産目的で健康な第三者の体にメスを入れることの是非だ。生体移植では提供者の身体的負担が最も懸念される。海外では提供者が脳死の人の場合もあるが、日本の臓器移植法は脳死を含めた死者からの子宮の提供を認めていない。

 一方、子宮のない人が子を持つには、自分の卵子を体外受精して第三者の女性に妊娠・出産してもらう代理出産があるが、国内では日産婦が禁じている。代理母の負担や家族関係の複雑化などが主な理由だ。子宮移植なら、子どもの出自の問題は生じない。

 日産婦は15年に子宮移植に関する小委員会を設置した。委員長を務めた埼玉医科大の石原理教授は「日本では母親や親族以外に提供者がいるとは考えにくく、心理的負担が大きい。提供者のリスクなど解決すべき問題が多い」と指摘する。だが、昨年出した報告は「関連学会とさらに議論が必要」とするにとどまった。日本移植学会も明確な対応方針は決まっていない。

 現状では生体移植の提供者は親族に限られているが、菅沼教授は「性同一性障害(GID)で男性への性別適合手術を受ける女性から、摘出した子宮を自発的に提供したいという申し出もある」と話す。将来は提供者や移植対象者の範囲も論議を呼びそうだ。

 生命倫理に詳しい〓島(ぬでしま)次郎・東京財団研究員は「子宮移植か代理出産かの二者択一で考えず、日本でも新生児の特別養子縁組などの選択肢を広げるべきだ」と語る。


引用元:
出産目的、子宮移植に論議 慶大、倫理委に臨床研究申請目指す(毎日新聞)