育児経験のある方ならご存じだと思うが、生まれたばかりの赤ん坊は一日中寝たり起きたりを繰り返す。日中に何度も昼寝をし、夜中であろうとお腹がすくと目を覚まして泣き出す。寝ぼけ眼(まなこ)で夜な夜な授乳をしながら、筋違いと思いつつ隣で爆睡している旦那を小憎たらしく感じたお母さんも少なくないはずだ。
一日中さざ波のように寝起きを繰り返す乳児の睡眠・覚醒リズムは、いつ頃から大人のように日中にしっかり目を覚まし、夜にはグッスリ眠るメリハリのある睡眠・覚醒リズムに変わるのだろうか。
図はある乳児の出生直後から約半年間の睡眠表である。この睡眠表を眺めれば、生後、徐々に睡眠・覚醒リズムが形作られていく様子がよく分かる。出生直後から睡眠パターンの変化を見てみよう。
『生後11日から26周(約6カ月)までの乳児の睡眠表』 黒い横棒は睡眠時間帯。図中の「フリーラン」とは体内時計を24時間周期の昼夜サイクルに同調(時刻合わせが)できないために睡眠時間帯が日々遅れていく現象である。(シカゴ大学のKleitmanらのレポートから)(画像提供:三島和夫)
生後数カ月の間は睡眠、覚醒ともにせいぜい2〜3時間しか続かず、日に何度も睡眠と覚醒を繰り返す。睡眠時間帯も毎日ばらばらで決まった時間にまとまって眠ることはなく、睡眠・覚醒リズムがとても不規則であることが分かる。とはいえ(生後4週までの)新生児の一日の睡眠時間を合計すると16時間以上にもなる。
(イラスト:三島由美子)
その後、成長とともに睡眠時間は短くなりながら、徐々に夜間に集中するようになる。16週頃(4カ月頃)には、おおむね夜間に眠るようになり、一回の持続時間も長くなる。昼寝も短くなり、昼夜リズムがはっきりしてくる。それでもこの時期はまだ睡眠時間帯が不安定である。
生後24週頃(6カ月頃)になるとさらに昼夜のメリハリが明瞭になり、寝つく時刻、目覚めの時刻も安定してきて、睡眠・覚醒リズムがほぼ完成する。夜中に目覚めることも少なくなりお母さんもようやく楽になる。この頃の睡眠時間は14時間ほどである。
■子宮の中でも昼夜は分かる
さて、睡眠表を少し遠目に見ていただきたい。生後6週(1.5カ月)から16週(4カ月)頃にかけて、睡眠時間帯が日々少しずつ遅れてゆくことにお気づきだろうか。これは24時間より少し長い体内時計の周期を24時間ぴったりのサイクルに同調(時刻合わせが)できないために生じる現象で、専門用語では「フリーラン」と呼ばれる。「睡眠研究の「異時間空間」 隔離実験室に潜入する」で紹介したように、日本人の体内時計の周期は平均24時間10分である。
実は早産児の研究などから、妊娠30週頃にはすでに約24時間周期の生体リズム(概日リズム、サーカディアンリズム)を刻む体内時計の基本的な機能を獲得していることが分かっている。ただ、フリーラン以前の不規則な時期も含め、出生4カ月頃まではそれを24時間ジャストに同調させることができない状況が一般的に見られるのである。
また、睡眠・覚醒リズムの形成と並行して、その他の生体機能のリズムも同じ生後数カ月の間に整えられる。例えば、深部体温リズムは生後1カ月過ぎから、時計ホルモンであるメラトニンやストレス関連ホルモンであるコルチゾールなどの内分泌系のリズムは生後3カ月過ぎまでに明瞭になる。
以上のように、出生直後には体内時計の働きは不十分だが、生後6カ月ほどかけてフルに作動し始めると考えられている。
では体内時計がまだ十分に育っていない胎児には生体リズムが全くないのかというとそうではない。胎児は母親の血液から栄養素やホルモン、免疫物質などを受け取っているが、その中に昼夜サイクルを知らせる生体情報が多数含まれている。母体のメラトニンは夜間に集中して分泌され、昼間にはほとんど分泌されないのだが、真っ暗な子宮内にいる胎児も母親の血液中のメラトニン濃度の変動を感知して「今は昼だ、夜だ」と分かるのである。
このような母親と胎児の間で行われる時刻情報のやり取りの意義について興味深いマウスの実験が行われている。
■胎児への生活リズムの影響は大きい
通常、マウスの飼育箱は12時間明るく12時間暗くして飼育する。こうすることでマウスの生体リズムは24時間周期で安定する。ところが妊娠したマウスを24時間明るい環境で飼育すると、生体リズムが24時間周期に同調できなくなるほか、胎児マウスの成長が遅れることが分かっている。
飼育箱が明るいことは母親マウスにとってはストレスだし、行動量が減少するなど母胎にさまざまな影響が現れるが、それらよりも母親マウスから胎児に昼夜サイクルの情報が伝わらないことが問題らしい。
というのも、飼育箱が一日中明るいままだと夜間(暗期)に高まるはずのメラトニンの分泌が抑えられるのだが、明暗サイクル下で飼育した時と同じ分泌パターンになるように人工合成のメラトニンを母親マウスに注射すると胎児マウスは正常に成長するからである。
成長が遅れる詳しいメカニズムは分かっていないが、細胞の一つ一つに時計遺伝子が存在し、ほぼ全ての細胞や臓器の活動にリズム性があることを考えれば、体が形作られる胎生期に細胞や臓器の時刻(リズム位相)を整えることが成長にとって重要な意味を持つことは想像に難くない。
そのほかにも、妊娠中の母ザルが24時間明るい環境で飼育されると新生児の子ザルのコルチゾールの濃度が非常に高くなることも分かっている。コルチゾールはストレスを受けた際に大量に分泌され、血糖を維持したり免疫系の過剰反応を抑えたりする役割をするが、逆に長期間にわたりコルチゾールが高止まりすると気分調節や認知機能に悪影響を及ぼす。
人でも妊婦の生体リズム異常が胎児の発達に悪影響を与えるのではないかと危惧されている。妊娠中に夜勤や時差ぼけを経験する職種、例えば看護師や国際線の客室乗務員では出産児の体重減少や、早産や流産の頻度が高いなどの報告があるからである。
今回ご紹介したように、体内時計が十分に働いていない胎児でも母親の助けを借りながら必死に体のリズムを整えているのである。妊婦さんやそのご家族には、禁煙や禁酒だけではなく生活リズムを整えることも健やかな胎児の成長にとって大事であることを知っていただきたい。
引用元:
妊婦の睡眠・生活リズム 胎児の成長に大切な理由 (NIKKEI STYLE)