かなり昔の話ですが、私の大先輩の外科医がこんなことを言いました。

 「大人の外科っていうのは、毎日毎日、がんの手術をする。胃を切ったり、大腸を切ったり。外科医としての達成感を得られることもあるけど、結局手術した患者さんは再発して病院に戻ってきてしまう。極端なことを言えば、手術した数だけ人の死がある。その点、小児外科はいいよね」

 成人のがん医療は診断技術の向上に伴って早期発見が可能になり、また一部のがんに対しては有効な抗がん剤治療も使用されるようになりましたから、現在では手術の数と死の数は同じではありません。しかしながら、小児医療では基本的に患者(つまり子ども)は死なない、というのはかなり当たっています。

 そういう小児医療の中で、例外が二つあります。一つは新生児医療で、もう一つが小児がんの治療です。子どもの死因で最も多いのは事故であると以前に連載で述べましたが、事故を除いた病気に絞れば、子どもが命を落とす一番の病因は今も昔も小児がんであることに変わりはありません。ですが、その治療成績は確実に進歩しています。そして、がんを克服したお子さんが増えていることで、新しい問題も生まれてきています。今日は、小児がんの話をします。自分の子どもには関係ないなんて思わないでくださいね。

意外に多い小児がん

 小児がんには、血液のがんと、かたまりを作る固形がんがあることは、みなさんご存じかもしれません。

 白血病に代表される血液腫瘍が、小児がんのおよそ40%を占めます。残りが固形腫瘍です。

 胸部や腹部にできる固形腫瘍は、小児外科医にとって克服すべきとても重要な疾患です。神経 芽腫がしゅ (胸や腹の中の交感神経から発がん)やウイルムス腫瘍(腎臓から発がん)や肝芽腫(肝臓から発がん)といった小児がんがあります。

 脳神経外科医は、脳腫瘍を治療します。脳腫瘍は様々な種類の腫瘍が、脳内のいろいろな部位に発生します。整形外科医は、骨肉腫などの骨腫瘍を治療します。

 小児がんは年間2000人から2500人の発症があります。我が国の子どもの数(0〜14歳)は約1600万人ですから、小児がんにかかる確率は、毎年6000〜8000人に一人という計算になります。成人は生涯2人に1人ががんになる時代ですから、それに比べれば全然少ないと言えますが、毎年6000〜8000人に1人という数字は皆さんの予測より多いのではないでしょうか?

かつては死の病だった

 1960年代までは、白血病と診断されることは、助からないということを意味していました。固形がんに関しては、奇跡的に超早期に発見されたお子さんのみが手術で生還を果たしました。ですが、固形がんでも、ほとんどのお子さんが亡くなっていました。

 細谷亮太先生(聖路加国際病院)は、小児がんを専門とする小児科医で作家としても高名な方です。先生の著作を拝見すると、白血病が死の病だった時代のことが描かれています。白血病の診断が死の宣告に等しかったというのは、患者家族にはもちろんのこと、医者にも相当 辛つら いことだったと思います。

 そうした先人の医師たちが、新しい治療法を開発していきました。化学療法(抗がん剤やステロイド薬)の発達です。何種類もの抗がん剤を組み合わせることで、小児がんの治療成績は飛躍的に上がりました。それは白血病も固形がんも同様です。特に白血病の治癒率の向上には目覚ましいものがあります。今日の小児白血病(代表的なものは、急性リンパ性白血病)の治癒率は、70〜80%に達しています。

 ウイルムス腫瘍や肝芽腫といった固形腫瘍も、発見時に遠隔転移がなければ、70%以上のお子さんが生存します。抗がん剤を併用することで、手術の難易度が下がり、手術後に再発する確率も大きく減少したからです。

神経芽腫という難題

 したがって、「小児がんは70%以上が治る時代になった」という表現がいろいろなところで使われるようになりました。かつては死病というイメージのあった小児がんに対して、少し明るい印象を与えるフレーズが出てきたことは大変いいことです。

 しかしながら、70%はあくまでも70%で、100%ではありません。この状況の中に、いくつもの難題が含まれています。

 まず一つは、神経芽腫という固形がんで最も頻度の高い病気が、この30年間くらいほとんど治癒率の改善を見ていないことです。神経芽腫は、80%以上のお子さんが1歳を過ぎてから発見されます。1歳を過ぎた神経芽腫は、80%以上の確率で全身の骨に遠隔転移をします。つまり、神経芽腫の70%くらいは、進行してしまった神経芽腫なのです。

 進行した神経芽腫は次の手順で治療が行われます。簡略化して書きますので全体の流れを把握してください。

(1)開腹生検 腫瘍は巨大なため摘出は不可能なので、一部を採取する。そのサンプルに対して病理検査や遺伝子検査をして腫瘍の悪性度を調べる。

(2)化学療法 4週間ごとに多数の抗がん剤を投与する。遠隔転移を消すことと、原発腫瘍を十分に小さくすることが目的。最低6回は抗がん剤治療をくり返す。

(3)手術 原発腫瘍を摘出する。

(4)放射線治療 手術中に、あるいは手術後に、原発腫瘍があった場所に腫瘍が再発しないように放射線をかける。

(5)造血幹細胞移植 手術前に、お子さんの血液の中から造血幹細胞を採取して保存しておく。造血幹細胞とは、白血球・赤血球・血小板に分化する大本の細胞。骨髄細胞のようなもの。お子さんの体内に残るがん細胞を一つ残らず消すために、超大量抗がん剤を使う。すると白血球・赤血球・血小板がゼロになるため、保存してあった幹細胞を注射してお子さんの体に戻す。

 (1)から(5)までの治療に、およそ1年かかります。この治療によって3分の2のお子さんは、腫瘍なしの状態(完全寛解)になります。ところが完全寛解のお子さんの半数は再発してしまうのです。つまり、進行神経芽腫のうち長期に生存できるのは、およそ3分の1ということになります。残念ながら70%にはほど遠いのです。
告知をする時代へ





 千葉県には、NPO法人「ミルフィーユ小児がんフロンティアーズ」という小児がんの家族の会があります。この会ができたのは1997年です。設立当時の大きな課題の一つは、子どもにがんの告知をするというコンセンサスを医療側と患者・家族との間で作り上げることでした。がんの子どもに、治療を始めるにあたって病名を告知することには理由があります。なぜならば、

(1)子どもには知る権利がある。

(2)ウソは必ずばれる。

(3)ばれれば、子どもと家族、子どもと医療者の信頼関係が壊れる。

(4)病名を知った方が治療に積極的に挑める。

 こうして、1990年代の後半には、千葉県では白血病の子どもに病名を告知することは普通になっていきました。ただし、固形がんではちょっと違った形になりました。なぜならば、固形がんは、未就学段階の幼い子どもに圧倒的に多いからです。3歳の子どもに、がんという病名や死という概念を説明することには無理があります。幼い子には 敢あ えて病名告知はしませんでした。

 ただし、治療を終えてがんから生還した子どもが大きくなる過程で、私は積極的に告知することを保護者に提案していました。小学校の高学年になると告知するように持っていきました。

 さて、ここで70%という治癒率が問題になります。白血病の子どもは全員が治るわけではありません。病状がいい方向に進まなければ、子どもは自分が白血病と知っていますから、死を意識することになります。死を覚悟した子どもに、家族や医療者は何ができるのでしょうか?

 これに対する明確な答えはありません。医師も看護師もコメディカルも家族も悩んでいるのが現状です。私たちは「生きることの素晴らしさ」は折に触れ、くり返し学んでいますが、「死を受け入れることの勇気」を学んだことはほとんどないのではないでしょうか? 大人であれば、あるいは納得がいくかもしれません。特に高齢の人であればそうでしょう。しかし、年端もいかない子どもが死を意識した時、その子どもの胸中に去来するものは何でしょうか?

 私はかつて、死期が迫ったがんの子どもの父親からこう言われたことがあります。

 「子どもは 可哀想かわいそう だ。大人だったら、自分の人生の最後を自分でまとめることができる。でも、子どもにはそれができない。それが可哀想です」

 私たちはこの問いに対する答えを一日も早く見つけ出さなければなりません。

晩期障害という新たな課題

 抗がん剤の進歩によって、長期生存者が生まれるようになり、新たな問題が起きています。子どもの体は発育途上にありますから、抗がん剤の投与を受けると後になって様々な障害が出てくるのです。これを晩期障害とか晩期合併症と言います。

 晩期障害には、発達・発育に関するもの、臓器障害に関するもの、生殖能力に関するものなどがあります。また抗がん剤を使用したことで、新たながんが誘発されることもあります。これを二次がんと言います。

 実際、私が治療した患者で、後に高度難聴になった人、肢体不自由になった人、身長が伸びなくなった人、永久歯が生えてこない人、肝炎になった人、腹部大動脈が 狭窄きょうさく して下肢への血流が少なくなってしまった人などがいます。

 また二次性白血病になったお子さんも数人経験していますが、痛ましいことに二次性白血病は大変悪性度が高く、ほとんどの子が命を失っています。

 従って、小児がんのサバイバー(生還者)に対しては、終わりなく定期検査を続けていく必要があります。問題は、一体何科の医師がそれをやるべきなのかということです。私の意見としては、小児がんの治療を担当した小児科医、あるいは小児外科医が主治医のまま、ずっと患者さんを診ていくのがいいと考えます。そして、大人の病気を併発した場合、そのつど、専門の内科医に相談するのです。

 しかしながら、こうした意見は決して主流ではありません。20歳、30歳の患者を小児科医が診ていくことには無理があるので、主治医を成人の内科医に移すべきであるという考えが生まれてきています。白血病の患者さんならともかく、神経芽腫を克服した患者を内科医が診ることなんて本当にできるのでしょうか? 私には少し疑問です。

 いずれにしても、70%の子どもが治る時代になったからこそ、新しい課題を突きつけられているのが現状です。

復学にあたって

 最後にみなさんにも関係することを述べておきます。がんの子どもが病気を克服して幼稚園や学校に復学したら温かく迎えてください。抗がん剤の副作用で髪の毛が薄くなっていたりしますが、それは小児がんと立派に闘った証しです。私が主治医だったG君のお父さまがこんなエピソードを紹介してくれました。

 G君は20回近く抗がん剤治療を行い、髪の毛がまったくありませんでした。小学1年生の時です。治療の合間に外泊の許可が出て、自宅近くへ買い物に出かけると、小学校高学年の男の子たちが、「はげ! ぼうず!」とからかいました。G君は「お前、そんなことを言うんじゃない! そんなことを人に言って、自分が恥ずかしくないのか!」と猛然と立ち向かいました。からかった子たちは、泣き出しそうになり逃げていったそうです。

 こうした話は、小学生だから起きる出来事ではありません。やはり私が治療したR君は、完全に小児がんを克服したのに、「何かあったら責任が持てない」という理由で、幼稚園の入園を拒否されました。「通常の幼稚園生活ができます」と診断書を書いたのにもかかわらずです。私はR君のママと相談して、逆にその幼稚園を拒否しました。

 死と背中合わせの長い時間を闘い抜いた子どもたちを、仲間の一人として普通に受け入れてくれれば 嬉うれ しく思います。

 なお、私が19年にわたって203人のがんの子どもと一緒に病と闘った積み重ねは、「 小児がん外科医 君たちが教えてくれたこと 」(中公文庫)に記しました。よかったら手にとってみてください。


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引用元:
小児がんは不治の病? (読売新聞)