長野県といえば地域医療の先進地域で、現在の健康診断のモデルとなった一斉検診を全国に先駆けて導入したエリアである。それならば、長野県の諏訪中央病院名誉院長でもある鎌田實医師も、検査に熱心なのかといえば、『検査なんか嫌いだ』という著書をこのたび上梓。最新刊のタイトルと同じく、意味のない検査やエビデンスが薄い治療はしたくないという。なぜ、不要な検査があると考えるのか、鎌田医師が解説する。

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 永六輔さんは有名な検査嫌いだった。周囲からすすめられて一泊の入院ドックを受けることにしたものの、いろいろな検査を次から次と拒否し続けた。その結果、出てきたデータは体重と身長だけ。そんな有名な笑い話がある。

 ぼくは、永さんほどの検査嫌いではないが、意味のない検査やエビデンスの薄い不要な治療はしたくないと思っている。

 2010年ごろから、アメリカの50の医学会が賛同し、「Choosing Wisely」(賢明な検査や治療法を選ぼう)という運動が始まった。日本でも、Choosing Wisely Japanが立ち上がっている。

 アメリカでの運動で指摘されている検査や治療について、ぼくが気になったものを紹介しよう。

「70歳を超える高齢者のコレステロールは下げてはいけない。コレステロール値が低いほうが死亡率が高い」

 この指摘には賛成である。日本でもコレステロール値が少し高い人のほうが長生きしているというデータがある。

 コレステロールに関しては、日本も方向性が変わりだしている。厚生労働省では、健康な成人の、食事で摂取する一日のコレステロールの基準値を撤廃した。食事からコレステロールを摂っても、血液中のコレステロール値はあまり関係しないことがわかったからだ。「卵は一日一個まで」と目くじらを立てなくてもよくなった。寝たきりの原因になる、筋肉の虚弱という意味の「フレイル」という言葉も使われ出した。肉をもっと食べたほうがいいのだ。

 こうしたコレステロールとのつき合い方が変わっていくなかで、高齢者は脂質異常の検査に一喜一憂しなくていいことになる。検査も頻回にする必要もなくなる。

「予測される寿命が10年以内の人ががん検診を受けるのはほとんど無意味」

 これはまたシビアな指摘だ。

 アメリカでは、がん検診そのものに関して、やる意味があるかどうかエビデンスが厳しく問われている。おおむね意味があるといわれているのが子宮頸がん検診である。子宮頸がん検診の受診率は、欧米では80%。それに対して日本では32.7%と低い。早期がんを見つけることができて明らかに死亡率を減らせるのに、検診を皆が受けないのは残念だ。

 さらに欧米で科学的根拠ありとされているのは、便潜血反応による大腸がん検診。遺伝子検査やPET検査(陽電子放射断層撮影)よりも効果大なのに、検便なんて古臭いと思われている。

 マンモグラフィを使った乳がん検診も有効と言われている。ただし、乳腺が発達していると、がんが映りにくい。日本人女性は、欧米の女性と比べて乳腺密度が高い傾向がある。そのため、日本での乳がん検診ではエコー検査も加える必要がある。

 胃がん検診の効果については、欧米では言われていない。が、胃がんが多い日本では死亡率を低下させるデータがでており、胃がん検診は意味があるとされている。

 だが、こんなデータもある。

 大阪がん予防検診センター(現・大阪がん循環器病予防センター)の調査によると、1996〜2002年までに、胃エックス線検査を受けた43万人のなかで、胃がん陽性と診断されたのは10%弱の約4万人だった。このうち、本当にがんが見つかったのは782人で1.9%にとどまった。

 つまり、胃エックス線検査を受けて、「がんかもしれない」と言われた人のうち98%はがんではなかったということである。

 一方、胃がん検診で異常なしといわれたのに、ほかの理由で検査をして、一年以内に胃がんが見つかった人が57人いたという。胃がん検診をせっかく受けても、想像以上の人数が見過ごされているという可能性があるということだ。

 検査というのは決して万能ではなく、この程度のものだということを知っておく必要がある。そのうえで、検査を受けて得られるメリットとデメリットを比較し、メリットのほうが小さいなら、その検査は受けないほうがいいということだ。

●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。最新刊は『検査なんか嫌いだ』(集英社)。

※週刊ポスト2017年3月17日号



引用元:
胃のX線検査 「癌疑い」のうち98%が癌でなかった(ニフティニュース)