日本産科婦人科学会(日産婦)は、体外受精した受精卵に染色体の異常がないかを調べて、子宮に戻す「着床前スクリーニング(PGS)」の臨床試験を大分市のセント・ルカ産婦人科(宇津宮隆史院長)など全国6施設で実施すると発表した。受精卵の検査は、これまで夫婦のいずれかに重い遺伝病を持つ場合などに限られていたが、今回は運用の幅を広げて流産予防につなげるのが目的。「不妊で苦しんでいる人を救いたい」と、10年ほど前から検査の必要性を訴えてきた宇津宮院長に臨床試験の意義を聞いた。
―今回の日産婦の決定の意義はどのようなものか。
女性は30代後半になると、受精卵の染色体異常が起こりやすく、体外受精でも妊娠しにくくなる。不妊治療で受精卵を子宮に戻した後に流産する原因を調べると、8割以上は受精卵の染色体数が原因で母体の問題ではない。流産は妊婦の肉体的、精神的な負担も大きい。流産を繰り返す人などには戻す前に受精卵に異常がないか調べて、問題がない受精卵を戻すことで妊娠率が上がるのではないかと考えている。
10年ほど前からPGSの必要性を訴えてきたが、なかなか進まなかった。ただ、染色体の解析技術などの進歩で正確な検査もできるようになり、2年ほど前から臨床試験に向けた準備を進め、決定に至った。できるだけ早く臨床試験の結果をまとめ、効果を検証して実用化につなげたい。
―PGSではどのようなことを調べるのか。
体外受精でできた受精卵から取り出した細胞を検査機関に送り、通常46本ある染色体の本数に過不足がないかだけを調べる。検査自体は男女の違いなど別の情報も分かるが、染色体の数に異常のないこと以外の情報は、検査機関から担当医にも対象となる夫婦にも伝わらない仕組み。あくまでも流産予防が目的で、夫婦には専門家のカウンセリングを受けてもらい、先天性の病気のことや検査の進め方に納得してもらうことが前提となる。
―誰でも受けられるのか。
対象年齢は35〜42歳。3回以上の体外受精で妊娠しなかった女性や、流産を2回以上経験した女性に限定している。自然に妊娠して子どもを授かるのが一番だが、晩婚化などの影響で高齢出産が増え、不妊治療を受けても順調に進まない人もいる。経済的負担も大きく、助成金も6回までの制限があるので、何回も受けられる治療ではない。あくまでも不妊に苦しんでいる人を助ける技術で、誰でも受けられるものではなく、産み分けなどに応用されるべきではないと考えている。
―最先端の生殖医療は命の選別につながりかねず、倫理の問題と密接に関わる。科学がどこまで踏み込むべきか。
技術の進歩が速く、ガイドラインや法整備、社会的議論の方が追い付いていないと感じている。臨床試験は現場が訴え続けて、日産婦がようやく動きだしたという印象だ。今後、染色体だけでなく、その中にある体を構成する設計図の遺伝子の役割についても研究が進むと、さらに細かい検査ができるようになるとみられる。そのたびどのように応用するかどうか考えることになる。
晩婚化などの影響で不妊治療を受ける夫婦は増えていて、体外受精など高度な生殖補助医療で生まれた子どもは年間4万人近くになっている。現場の医師として苦しんでいる人を救える技術なら有効な方法を考え、使えるようにしたい。不妊治療に対して社会的な理解は進んできていると感じているので、技術をどのように活用していくのか議論も進めていくべき時代になっている。
受精卵や胎児に先天的な異常がないか調べる方法は、体外受精させた受精卵を子宮に戻す前に特定の遺伝的な病気がないか検査をする「着床前診断」、その適用範囲を広げ、全ての染色体の異常がないかを調べる今回の「着床前スクリーニング」、35歳以上などの条件を満たし、10週以降の妊婦の血液と羊水の検査で調べる「出生前診断」がある。
出生前診断は妊婦の血液中にある胎児の染色体を解析し、ダウン症の可能性がある21番染色体の変異の他、心臓疾患を伴う13番、18番の異常を検出できる。希望する場合は専門家のカウンセリングを受けた上で、検査を実施する。血液検査で陽性となった場合は、確定診断のために羊水検査が必要となる。精度はほぼ100%。
全国の病院でつくる研究チームの報告によると、昨年7月までに約3万人が受診した。染色体異常と診断されたのは417人で、そのうち394人(94%)が人工妊娠中絶を選択した。
(メモ) 日産婦は今月、計180人を対象に、先行研究として着床前スクリーニングを実施することを決めた。着床できなかったり、受精卵が育たずに流産を繰り返して子どもを授かりにくい夫婦には希望となる。これまでは2014年に、夫婦のいずれかに重い遺伝病を持つ場合や、染色体の特定の形の異常で2回以上流産したことがある場合に限定していたが、今回の決定は、運用の幅を広げたことになる。
引用元:
セント・ルカ産婦人科院長に聞く 「着床前スクリーニング」 (大分合同新聞)