卵巣は、女性の生殖やホルモンの分泌に欠かせない大事な臓器だ。そこに発生する卵巣がんは、進行が早く、見つかった時には手遅れである場合も多い病気だ。自分や家族が、「卵巣がん」と診断された時のために知っておきたい卵巣がんの治療法について、相模野病院婦人科腫瘍センター長の上坊(じょうぼう)敏子さんが解説する。 がんが分かれば、卵巣、子宮、リンパ節など切除  卵巣はもともと親指の先ほどの小さな臓器だが、がんになると急に大きくなることが多い。卵巣がんと診断されると、卵巣や子宮、胃と大腸をつないでいる脂肪組織である大網(図上)やリンパ節、がんが転移している臓器や腹膜まで切除する大掛かりな手術が必要となる。  「卵巣腫瘍の場合には、開腹して調べてみないと、本当にがんなのかどうか確実には分からない面があります。卵巣がんの疑いがある時には、開腹して腫瘍の組織を取り、手術中に、病理医が組織を顕微鏡で見る迅速病理組織検査を行います。そこで『悪性』、つまりがんだと診断された場合は、左右二つの卵巣と卵管、子宮、大網、後腹膜リンパ節(図下)を切除します。子宮を全部取る理由は、がん細胞がしばしば子宮に転移するからです。がんがおなかの中のあちこちに広がっていると分かった場合は、がんを残さないようできるだけ完全に取り除くことが重要です」。上坊さんは、そう強調する。  卵巣にできる腫瘍には、良性と悪性(がん)のほかに良性と悪性の中間タイプである「境界悪性」があるのが特徴だ。手術中の迅速病理組織検査で、境界悪性と診断された場合には、後腹膜リンパ節は取らずに、両側の卵巣と卵管、子宮、大網を切除して手術を終了するのが基本である。 将来の妊娠の可能性は残せるの?  卵巣や子宮は生殖に欠かせない臓器だ。治療後に妊娠を望む人が、「卵巣がん」と診断された時、妊娠の可能性を残すことはできないのだろうか。  「患者さんが妊娠可能な年齢で▽がんのタイプが漿液(しょうえき)性がん、類内膜がん、粘液性がんのどれかに当てはまり▽なおかつ悪性度の低い『高分化型または中分化型』で▽がんが片側の卵巣にとどまっている『IA期』である−−という条件をすべてクリアした場合だけ、腫瘍のない方の卵巣と子宮を温存して妊娠の可能性を残すことができるとされています。ただし、もしも、がんが再発したら命を落とすリスクが高いので、本人とご家族が、そのリスクも分かったうえで慎重に手術法を選択する必要があります。一方、境界悪性腫瘍の場合は、腫瘍のない方の卵巣と子宮を残す手術を考慮することができます」と上坊さんは話す。  なお、卵巣がんの95%は卵巣の表面を覆っている表層上皮から発生する上皮性腫瘍だ。一般的に「卵巣がん」というと、悪性の上皮性腫瘍のことを指す。しかし、まれに、卵子のもとになる胚細胞ががん化した悪性胚細胞腫瘍が発生することがあり、こちらは10〜20代の女性に多いのが特徴だ。  「悪性胚細胞腫瘍の場合には抗がん剤が非常によく効くので、患者さん本人が将来の妊娠を希望しているのであれば、他の臓器への転移があっても、病巣のない側の卵巣と子宮を温存します。妊娠の可能性を残せるか残せないかは、がんの進行度だけではなくタイプによっても異なるので、将来妊娠を望んでいる人は、その希望を担当医に伝えてよく話し合うようにしてください」(上坊さん) 卵巣がんの腹腔鏡(ふくくうきょう)手術は安全確認できておらず保険外  ところで、良性の卵巣腫瘍である可能性が高い場合、最近は腹部に数カ所の穴を開けて、そこから小型のカメラや器具を入れて手術を行う腹腔鏡手術が主流になりつつある。女性としては、できたら腹部に大きな傷が残るのは避けたいところだが、卵巣がんの場合でも腹腔鏡手術が受けられるのだろうか。  「卵巣がんの手術では、腹腔鏡手術は保険適用になっておらず、また、現在のところ、開腹手術に代わり得るという根拠も明らかにされていないのでお勧めできません。卵巣がんは、おなかの中に腹水と呼ばれる液体がたまってその中にがん細胞が散らばっていることが多いのですが、腹腔鏡を入れた穴から腹水の中のがん細胞が広がったケースも報告されています。腹腔鏡手術は傷が小さいのがメリットですが、美容面を優先したために病気が完治しなかったり、かえってがんが広がったりしてしまったら元も子もありません」。上坊さんは、そう指摘する。 TC療法と分子標的薬で再発を抑える  卵巣がんは、抗がん剤が比較的よく効くがんで、手術後に、抗がん剤治療を行うのが治療の基本だ。「抗がん剤治療は、パクリタキセル(商品名・タキソールなど)とカルボプラチン(商品名・パラプラチンなど)を組み合わせたTC療法が標準的です。副作用などのためにパクリタキセルが使えない患者さんには、ドセタキセル(商品名・タキソテールなど)とカルボプラチンを組み合わせたDC療法を行います。また、TC療法に分子標的薬のベバシズマブ(商品名・アバスチン)を組み合わせると、がんが再発したとしても、それまでの期間を遅らせる効果があることが分かっています」(上坊さん)。ベバシズマブは、分子標的薬と呼ばれるタイプのがん治療薬で、がん細胞が血管を新しく作って腫瘍を増殖させようとする作用を抑える血管新生阻害薬だ。  また、卵巣がんに関しては、肺がんや悪性黒色腫(メラノーマ)などで保険適用になっている免疫チェックポイント阻害薬のニボルマブ(商品名・オプジーボ)の臨床試験が日本で行われた。京都大の研究グループが、従来の抗がん剤が効きにくくなった再発進行卵巣がんの患者に対して、ニボルマブを投与したところ、20人中2人のがんが消失するという結果を得た。この研究成果は、2015年9月に米国科学雑誌「ジャーナル・オブ・クリニカル・オンコロジー(Journal of Clinical Oncology)」に報告され、注目を集めている。しかし、日本人に対する安全性と有効性については検討が必要な段階で、卵巣がんに対してニボルマブが保険適用になるかどうかは不明だ 開発進む新しい分子標的薬・PARP阻害薬  ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーさんのように、BRCA1とBRCA2と呼ばれる遺伝子に生まれつき異常(変異)があり、乳がんや卵巣がんなどになりやすい遺伝性乳がん・卵巣がん家系がある。BRCA遺伝子に変異のある進行卵巣がんの患者に対しては、米国でPARP阻害薬「オラパリブ」の使用が承認されている。日本でも、BRCA遺伝子に変異がある再発・進行卵巣がん患者を対象にした臨床試験が行われており、検討が進んでいるところだ。  「卵巣がんでも、卵巣だけにがんがとどまっているI期なら9割の人が治りますが、問題は、がんが腹膜やリンパ節まで広がっているIII期の人が多いことです。それでも、手術と抗がん剤治療で治る人は少なくありませんので、前向きに治療を受けてください」と上坊さん。卵巣がんは手ごわい病気ではあるが、新しい治療薬の開発にも期待したい。

引用元:
治療法は?妊娠は?卵巣がん最新知識(毎日新聞‎ )