「温泉に入りたい」「薄手の服を着て外出してみたい」――。乳がんで乳房を失った女性たちの願いはさまざま。ごくありふれたその望みをかなえようと、「人工乳房」を5年前から作り続ける女性職人が島根県大田市大森町にいる。義肢装具メーカー「中村ブレイス」の岩根若菜さん(27)だ。
昨年11月、世界遺産・石見銀山の近くにある同社の「メディカルアート研究所」で、同僚3人とともに色付けをしていた。
作り方はオーダーメイドの場合、石膏(せっこう)で乳房の型をとり、シリコーンゴムで成形する。最も気をつかうのが着色だ。色の使い方一つで見た目が全く変わってしまう。赤、青、白、黄色を中心に塗り重ねる。
遠方に住む客の場合、面会できるのは最初の1回だけ。体調や光の加減によって肌の見た目は変わるが、主に写真を参考にしながら血管やほくろ、肌のムラを再現していく。「お客さんの要望通りに製作できているのか、作業中はいつも気になります」
同社は人工乳房の分野で全国の先駆けで、注文は全国各地から入る。左右対称に、いかに本物そっくりに「再現」できるかどうかが腕の見せどころだという。完成まで1カ月半ほどかかる。
川本町出身。中学の時に見た映画「アイ・ラヴ・ピース」(大澤豊監督)が人生を変えた。地雷で片足を失ったアフガニスタンの少女のために義足を作るストーリーで、中村ブレイスがモデルになった。
漠然と「人に役立つ仕事がしたい」と考えていたこともあり、映画に登場した義肢装具士に興味を抱いた。高校を出て兵庫県内の専門学校で資格を取り、同社に入った。
最初は希望通りに義足やコルセットを作る部署に配属されたが、1年で今の職場へ。人工乳房を作る現場を強化しようという会社の方針だった。
知識は全くなく、一から作業を覚える日々が始まった。「自分は健康で手術をした経験もない。胸を失った人の悲しみを分かってあげられない」。客とどう接すればいいのか悩んだ日もあった。完璧だと自信を持って納品したのに、客から「要望とは違う」と苦情を言われることもある。
相手は自分より年配の人が多い。「何を求めているのか」「どんな場面で使うのか」。客の何げない一言にしっかり耳を傾けることを心がけるようになった。納品した客からお礼の手紙が届くなど「喜んでもらえた」と分かると、やりがいを感じるようになった。
今も実家がある川本町で江の川の流れを見ると心が落ち着くという。多い時は1カ月で約10人分を担当。これまで約300人の人工乳房を手掛けたが、まだまだだと実感している。
「お客さんが喜ぶ顔が見たい。生まれ育った地元で、これからも人の役に立つ仕事をしていきたい」
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作業場でよく使うのは絵筆とメス=写真。絵筆は血管や肌の表面のムラなどを描くのに欠かせず、人工乳房の担当になった時から同じ1本を使い続けている。特注品などにこだわりがなく、普通に市販されているメーカーの製品という。メスも医療用の既製品。シリコーンゴムを適当な大きさに切る時に手にする。製品の表面を仕上げるのに役立つのは、独自に改良した細長い工具だ。
引用元:
人工乳房をつくる「職人」 岩根若菜さん(27) (朝日新聞)