乳がん手術の傷痕を気にして温泉を控える女性のため、湯河原温泉(神奈川県湯河原町)の旅館のおかみの会(三十一人)が、患者らに優しい温泉場を目指している。手術痕を隠して温泉に入れる入浴着を約七十施設で導入したほか、乳がん患者らへの貸し切り宿泊サービスを始めた旅館も。生涯に女性十一人のうち一人がかかるとされる乳がん。これほどの規模で患者の支援に取り組む温泉地は全国でも珍しい。 (西岡聖雄)

 おかみの会の深沢里奈子会長(42)が経営する旅館「ご縁の杜(もり)」(十室)は十月初旬、一泊二日の日程で、初めて乳がん患者らの貸し切りツアーを受け入れた。

 宿泊者は、主に平塚共済病院(平塚市)で手術や治療を受けた二十〜八十代の十七人。「病気になって、初めて温泉に入れた」「これまでは人目を避けた深夜の入浴や個室の貸し切り風呂だった。みんなと一緒だと楽しい」。二つの大浴場や露天風呂を利用した患者らの感想に、深沢さんは「喜んでもらえて良かった」と話した。

 国立がん研究センターがん対策情報センターによると、二〇一六年の乳がん罹患(りかん)数は九万人と予測。製薬会社エーザイ(東京)などが患者四百人を対象にした調査(一二年)では、八割近くがつらかった経験に「温泉に行きたくとも行けない」を挙げた。五十二項目のうち「治療や生活費がかさむ」に次いで多い。

 おかみの会は、そんな患者らの声を踏まえ今年一月、首からかけて胸を隠す短いエプロンのような形をした入浴着を湯河原温泉旅館協同組合で一括購入。加盟する全施設に配り、貸し出しを始めた。

 「患者らへの配慮に胸が熱くなった」との反響がある半面、逆に目立つ面もあって入浴着の利用はほとんどない。「それなら貸し切りで楽しんでもらおう」とツアーを受け入れ、患者らから感想を聞いた。抗がん剤治療の副作用で脱毛した患者用に「入浴後にカツラをかぶるのは大変。手軽にかぶれる帽子が旅館にあると便利」との意見も出た。

 深沢さんは「利用者の心と体の力になりたい。ツアーの感想をおかみの会で共有し、貸し切りの受け入れやサービス改善に生かしたい」と話す。問い合わせはご縁の杜=電0465(64)0150=へ。

乳がん患者らに温泉を楽しんでもらう取り組みは徐々に広がりつつある。ただ、現在も入浴着で温泉に入るのを拒む旅館がある。

 乳がん患者ら向けの下着・かつらメーカー「ブライトアイズ」(東京都練馬区)は一九九九年の設立以降、延べ三万人以上に入浴着を販売した。自らも乳がん経験者の加藤ひとみ社長(62)によると、当初は「水着や下着といった着衣入浴は困る」と断る温泉宿が大半で、「衛生上も問題ない」と手作りの啓発ポスターを温泉宿に配って啓発してきた。

 二〇一二年七月には、患者を支援する旅館を中心に「ピンクリボンのお宿ネットワーク」(千代田区)が発足し、約三百軒が加盟。入浴着の貸し出しや個室風呂の割引・無料サービスなどをしている。愛知県新城市の湯谷温泉(九軒)は温泉地を挙げて三年前から年一回、患者と家族の入浴料を無料にするピンクリボンの日を設ける。

 加藤さんには最近も「入浴着を断られた」との声が届く。「入浴着で家族や友人の視線を気にせず、一緒に入浴できたとの喜びの声は多い。傷痕を見せて周りに負担をかけたくないという人は多く、入浴着を断らないでほしい」と訴える。



引用元:
乳がん女性に癒やしの湯 湯河原温泉「旅館おかみの会」支援(東京新聞‎)