体外受精では採取した卵子と精子を合わせて受精卵としますが、それをどんなふうに培養して、どの受精卵をどのタイミングで子宮に戻すか。その方針は、施設によってさまざま。まさにブラックボックスなので、治療中の本人には知らされていないことも多くあります。

日本で唯一の出産ジャーナリスト・河合蘭(かわい・らん)さんの連載「不妊治療のウソ・ホント」、第8回目は「受精卵の培養」がテーマです。普段なかなか見る機会のない超貴重なリアル映像と共にお送りします。

ヒトの赤ちゃんが孵化する瞬間!?

受精卵は、育ち始めて卵割が進んでくると「胚」という名で呼ばれるようになります。次の動画は、胚の成長をタイムラプス動画で記録した貴重な映像です。最近は、胚を庫内に入れたまま、このような動画を自動で撮影して、24時間、その変化を観察できる培養器も登場しています。




動画をご覧になりましたか? では、順を追って説明しましょう。



胚の細胞は、「透明帯」という胚全体を包む膜の中で2つ、4つと分かれていき、どんどん増え続けます。受精の翌日から3日くらいで細胞は8つまで増えます。



4日目くらいになると、たくさんの細胞がくっついた状態になります。



受精から5日目くらい。「胚盤胞」と呼ばれる段階で、真ん中にスペースができています。

動画は、胚全体が急に膨らむように見えるシーンで終わっていますが、これは「ハッチング(孵化)」と呼ばれる現象です。次の写真のように、胚が透明帯を破って外に出たのです。言ってみれば「ヒトの子どもが卵から孵った瞬間」です。




受精卵も「孵化」する

自然妊娠の場合、胚は、卵管の旅を終えて子宮にたどり着くと孵化して、子宮内膜に埋まります。

ここまでにかかる日数は、およそ5日。

何日目で戻すと妊娠率が高い?

体外で受精をしたのち、受精卵が培養液の中でどんなふうに成長していくのか、そのリアルな様子がわかりましたね。

では、この受精卵を一体どのタイミングで子宮に戻せば一番妊娠率が高くなるのでしょうか?

子宮に戻して妊娠する率がもっとも高いとされているのは、受精から5日目くらいの「胚盤胞」の段階です。ですから、受精卵ができたら、多くの患者さんが「どうか、胚盤胞まで育ちますように」と願うことになります。治療施設でも、医師によっては「胚盤胞になっていないものを、子宮に戻しても意味がない」と考えているようです。

胚盤胞まで育つ胚は12個に1個以下

しかし、現実には、胚盤胞まで育つ胚は、決して多くありません。大半の胚は途中で成長が止まってしまいます。

浅田レディースクリニックが31~35歳の女性に関してデータをまとめたところ、卵子(胚)の数は次のグラフのように推移しました。


良好胚盤胞を得るのに必要な採卵数

卵子は平均で12.8個採れていましたが、「胚盤胞」に達したものはわずか2.9個でした。さらに、胚盤胞の中でも成長が進んだ「良好胚盤胞」と呼ばれる段階まで行けたものは、たったの1個。なんと、7.8%という確率の低さです。

卵子が10個くらい採れた30代前半の人でも、この結果なのです。卵子が少ししか採れない人だと、胚盤胞まで育って戻せる胚はゼロというケースも多いでしょう。

卵子が少ない人は、もっと早く戻してもいい

つまり、卵子が少ない人にとって、胚盤胞になるまで待つのはリスキーなのです。胚盤胞が一番妊娠率が高いとはいえ、それを狙った結果1つも子宮に戻せないのでは元も子もありません。

ですから、胚盤胞までたどり着けない可能性が高い人は、もっと早い段階で胚を子宮に戻すべきです。胚盤胞まで行かないと妊娠できないわけではないので、もっと柔軟に考えればいいのです。

浅田レディースクリニック理事長の浅田義正医師は、「今は胚盤胞が作れるくらい培養室の技術が進化したけれど、やはり、子宮には勝てない」と言います。胚にはいろいろな個性があり、人工的な環境に負担を感じる繊細な胚もあるのだそう。そんな胚は無理にがんばらせないで、本来の居場所である子宮に早めに戻してあげた方が、力をフルに発揮できます。

そもそも、なぜ胚盤胞の妊娠率が高いかといえば、子宮に較べると厳しい体外環境でも耐えられる強い胚を戻しているから。妊娠しやすいのは当然なのです。

評価が非常に低い受精卵で出産できたケースも

これまでたくさんの胚を見てきた浅田医師は、普通なら子宮に戻してもらえない、とても個性的な胚が出産に至った例も見てきたそうです。次の動画は、その一つ。




先の動画で見た胚とは違う、細胞のばらばらな動きに注目してください。実は、この胚は、卵の殻にあたる透明帯が失われた胚でした。でも、患者さんにとっては、この胚がオンリー・ワンだったので、可能性に賭けてみたそうです。


キャプ細胞分裂のたびにばらけてしまいそうになる「透明帯」のない胚 (提供・浅田レディースクリニック)

この胚は、途中で何度もばらけそうになっています。でも、危うい場面がありながらも何とか細胞同士のまとまりを維持して、最後にはしっかりと凝縮しました。透明帯を脱ぎ捨てる段階まで育って、無事、出産に至ったのです。

胚の中には、成長の遅いものもあります。5日経っても、普通は胚盤胞になる頃なのに、まだブドウのような状態に留まっているような胚です。施設によってはそういう胚は捨ててしまう場合もあるそうですが、そんな胚でも観察を続けていると6日目、時には7日目で胚盤胞になり、妊娠できるケースもあるとのこと。

不妊治療の現場では、胚を形や成長のスピードによって、数字やABCで評価するので、大勢の患者さんがこれに振り回されることになります。でも、そうした評価は表面的なところを見ているだけですから、大してあてになりません。実際にかなり評価の低い胚が出産できたケースもあります。

胚の本当の生命力は、子宮に戻してみなければわかりません。評価などは参考程度と考えて、命の多様性を忘れないことも体外受精では大切です。


引用元:
Cランクの受精卵でも出産できる 不妊治療の現場で見た生命の神秘 ウートピ