妊娠が分かり、幸福感に浸っていたところに、がんの宣告―。数は少ないが、こうした厳しい現実に直面する女性がいる。がんを治療しつつ出産を目指すことは、かつて考えにくかったが、両立可能な例もあることが分かってきた。経験した当事者と医療者はともに「必要な情報が広く行き渡ってほしい」と話す。

▽慎重な対応

 妊娠中にがんが見つかるのはまれだ。日本での頻度は不明だが欧米の研究によると、最も多い乳がんが妊婦3千人に1人、血液や甲状腺など他のがんも合わせると千人に1人ほどと推定される。

がんと妊娠をめぐっては、強力ながん治療の前に卵子や卵巣を凍結保存し、将来に妊娠の可能性を残す取り組みに社会の関心が向くようになった。しかし、妊娠中のがんは数が少ないこともあり、注目度は高くなかった。聖路加国際病院(東京)の山内英子乳腺外科部長はそう指摘する。

同病院は15年以上前から、経験豊富な米国のがんセンターの協力を得て、妊娠中の乳がん治療に取り組んできた。

これまでに、妊娠、出産、授乳によって母親の乳がんの進行や再発率に影響はないことが分かったほか、治療の面でも、一部の抗がん剤投与や手術は、時期や方法を慎重に選ぶことで妊娠中も実施できる場合があることが明らかになってきた。日本乳癌学会がインターネットで公開している患者向け診療指針にもそう示されている。

▽チームで支援

 同病院では、乳がん治療が専門の乳腺外科、腫瘍内科に加え産婦人科、小児科などがチームを組み、患者、家族と何度も話し合いながら診療に当たる。「がんと診断された妊娠週数や乳がんのタイプなどの状況は一人一人異なる上、赤ちゃんのフォローも必要。チームでの支援が欠かせない」と山内さん。


ただ、こうした診療体制を組むのは簡単ではなく、経験も問われる。結果として、ほかの病院で「うちでは無理」と言われた患者が集まるという。

2年前に出産した陽子(38)=仮名=もそうした一人だった。

 35歳で結婚。胸のしこりに気付いて受けた検査で早期の乳がんが見つかり、手術を受けた後で妊娠が判明した。ショックだったが、ネットで日本乳癌学会の指針などを見つけ「よかった。子どもを産めるんだ」と思った。

しかし、主治医が勧めたのは中絶だった。将来の出産の希望は「卵巣の凍結保存にかけたら」とも。だが陽子さんが「ほかの病院の意見も聞きたい」と頼むと、聖路加国際病院につないでくれた。

▽娘がいるから

 同病院での治療と出産までの約7カ月、陽子さんは夫が住む西日本の地元を離れ、同病院の近くに部屋を借りた。抗がん剤の点滴を受けた同じ日に、超音波検査で赤ちゃんの発育を確認できるのが支えになった。

帝王切開で無事長女を出産。その後地元に戻り、別の薬に切り替えて抗がん剤治療を終え、ホルモン療法は今も続けている。「娘の成長があるから長い治療も頑張れる。治療と出産を両立できる可能性があるという情報が、妊婦に確実に届くようになってほしい」と陽子さんは話す。

陽子さんの医療チームの一員だった北野敦子医師(乳腺・腫瘍内科)は現在、国立がん研究センター中央病院(東京)に勤務し、現状を変えたいと動き始めている。

北野さんは「妊娠中のがんに関する国内の情報はあまりに少ない。まずは診療経験がある施設の情報を医療者の間で共有する仕組みが必要だ」として、医療者のネットワークをつくる準備を進めている。

引用元:
治療と出産、両立の道も妊娠中のがん発見情報共有模索の動き(47NEWS)