「母乳で育てているの、そう、えらいわねえ」。我が子が生まれて1カ月がたった頃、ベビーカーを押して屋外を散歩していると、年配の女性たちになぜか、母乳かミルクかを聞かれることが多かった。そして決まって感心された。妙に含みのある言い方で、その人たちの経験では母乳育児は楽なことばかりではないという意味もあったようだ。思い当たることは多かった。母乳育児はなぜ大変なのか、どうやったら楽に進めていけるのか、医師や支援組織に取材した。【生活報道部・山崎明子】

出産して胎盤が出てしまうと、乳汁生産を促すホルモン「プロラクチン」の作用が一気に高まり、乳腺細胞が乳汁を作り始める。一方で細胞を収縮させるホルモン「オキシトシン」が乳汁をためる袋「腺房」を取り巻く筋上皮細胞に働きかけて乳汁を乳管に押し出す。二つのホルモンは赤ちゃんが乳頭と乳輪部分を吸う刺激によって分泌が高まる。赤ちゃんが吸い、母親が吸わせる、この共同作業の繰り返しで乳汁分泌が進んでいく。

 授乳頻度は、育児指導書などに「1日8回以上」や「間隔は3時間以内に」などと記されているが、出産直後はもっと頻繁になることが多い。神奈川県立こども医療センター新生児科部長の大山牧子医師は赤ちゃんの求めるまま頻繁に授乳することを勧める。

 というのも、プロラクチンは授乳や搾乳をしないでいると減少していく。授乳を頻繁に行うことでその分泌を一時的に上昇させる効果があるうえ、減少スピードをゆるやかにさせるからだ。なにより、産後すぐにたっぷり乳汁が出るものではない。初乳の分泌は1日あたり10〜100CCとごくわずか。赤ちゃんも1度に飲める量が少ない。必然的に回数は増え、産後3日間、頻繁に授乳や搾乳をすることで、乳汁分泌が一気に増加する。

 「母乳が出ない」と悩む人は少なくない。しかし大山医師は「この間に出る量が少なくても、医学的にミルクを追加することがあっても、頻繁に直接授乳や搾乳を続けることによって、母乳分泌は確立する」とエールを送る。

 「出過ぎて困る」というタイプの人や、母乳育児が軌道に乗った後にやってくる大きな悩みの一つが「詰まり」だ。痛みや腫れを伴い、時に高熱が出て重症化する。ところが母親たちの中には「甘いものが原因」「ごちそうはダメ」といって我慢を重ねている人も多い。一体、「詰まる」とはどういうことなのか。その原因は何なのか。

 大山医師によると、現象としては「乳管閉塞(へいそく)」を指す。しかし母親が口にした食べ物はいったん消化されるので、乳管を直接ふさぐことはない。加えて「解剖学的に見て、食べ物が原因になることはない」という。乳汁中の脂肪球の大きさは約1〜10マイクロメートルで、乳管口は約0.4ミリメートル。40〜400倍もの差があり、乳管をふさぐことはありえない。また乳汁中の脂肪分は食事から3割、体の組織から7割が作られるので、食べた直後の脂肪が乳汁に出るわけではない。

 乳管閉塞の主な原因は、授乳間隔が空くことや、きついブラジャー、着物の帯などでの圧迫、赤ちゃんの飲み残しなどによって、作られた乳汁が排出されずに乳汁中の水分が再吸収され、流れが悪くなることが考えられる。また、くわえ方の問題で乳管に傷がつき、修復のため一時的に細胞の厚みが増して乳管が狭くなることもある。閉塞を解消させるためには、赤ちゃんに積極的に吸い出してもらうか、自分で搾乳することが必要だ。

 いずれにしても、母親と赤ちゃんの共同作業で授乳が頻繁に行われることが母乳育児をスムーズに軌道に乗せ、トラブルを避ける秘訣(ひけつ)だ。

 ちなみにオキシトシンは男女問わずリラックスして快適な状態で多く分泌され、近年、「幸せホルモン」「愛情ホルモン」としても注目を集めている。ネガティブ思考に陥らず赤ちゃんとのスキンシップを楽しみ授乳を重ねることが乳汁の分泌アップにもつながるのだ。

 乳汁分泌に関わるプロラクチンとオキシトシンの働きのなんとも絶妙なこと。取材を通じて人体の不思議にまた一歩近づいた。=(つづく)母乳育児に行き詰まってしまったら?


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引用元:
母乳のママはつらい? 楽しい?(毎日新聞‎ )