晩婚化、晩産化が進んでいることもあり、「そろそろ赤ちゃんが欲しい」と思っていたところに乳がんが見つかる人が増えている。以前は、がんになったら治療を最優先するのが当然だったが、生殖医療の進歩を背景に、「妊娠、出産の可能性を残したい」という患者の希望に対して、できる限りサポートする体制が広がりつつある。
妊娠、出産希望は治療前に相談を
「子供を育ててお母さんになるのが夢だったので、結婚してすぐに乳がんだと分かった時は本当にショックでした。夫と話し合い、がんの治療が終わったら赤ちゃんを産めるように、できることは何でもやっておくことにしました」
32歳で乳がんと診断された主婦、香織さん(仮名)は、腫瘍を切除する手術を受けた後、夫婦で生殖医療専門のクリニックへ行って卵子と精子を採取。体外受精による受精卵(胚)の凍結保存に踏み切った。香織さんは現在、再発予防のために5年間の予定でホルモン療法を受けている。ホルモン療法の薬は、妊娠前期に使用すると胎児に奇形が生じる可能性が増す恐れがあるため、治療中と終了後2カ月間は妊娠を避けた方がいいとされる。
「5年間のホルモン療法が終わったら私は37歳になります。35歳以降は卵巣機能が落ちると聞くので、自然に妊娠、出産できるかについて、心配でした」。香織さんは、受精卵の保存を決めた理由をそう話す。
乳がんの治療には、手術、放射線療法、薬物療法がある。薬物療法には、「抗がん剤治療」、トラスツズマブ(商品名ハーセプチン)などの「分子標的薬治療」、「ホルモン療法」の3種類があり、乳がんのタイプや進行度によって1種類、あるいは、2〜3種類を組み合わせた治療が行われる。
「乳がんの患者さんは、早期がんの人を含めて約8割の人が再発予防を目的とした薬物療法を受けています。抗がん剤は卵巣に直接ダメージを与えるので、治療中月経がなくなったまま閉経したり、月経が戻っても排卵がなくなって不妊になったりするリスクがあります。また、ホルモン療法は卵巣機能に直接影響を与えるわけではないのですが、期間が5〜10年間と長いので、治療が終わった時には年齢的に自然妊娠が難しくなる人が少なくありません。治療が終わったら出産したいと考えている人は、乳がんの治療が始まる前に、担当医に自分の気持ちを伝えておきましょう」。国立がん研究センター中央病院乳腺・腫瘍内科外来医長の清水千佳子さんは、そう強調する。
薬物療法を受ける前に生殖医療を選択
乳がん患者が、将来の出産について考えられるようになった背景には、再発予防の治療が進み、がんが治る患者が増えていること、そして、生殖医療の進歩がある。現在の年齢、卵巣機能、病状によっては、薬物療法を受ける前に、香織さんのように受精卵を凍結保存しておくなど妊娠の可能性を残す生殖医療を受ける選択肢がある。パートナーがいない場合でも、卵子(未受精卵)、あるいは、卵巣組織を凍結保存しておく方法がある。
「手術前に抗がん剤治療を受ける場合には卵子の採取にかけられる期間は短いですが、抗がん剤治療を手術後にすれば最大12週間かけられます。抗がん剤治療が必要で出産を希望する患者さんについては、手術を先に行うなど、生殖医療を希望するかどうかで治療方針が変わることもあります」(清水さん)
難点は、生殖医療には保険が利かないので、自己負担額が高いことだ。費用が高くて、受精卵の保存を断念する人もいる。金額は生殖医療機関によって異なるが、採卵や培養に20万〜30万円、凍結保存に5万〜10万円、他にも年間管理料などがかかる。受精卵を母体に移植するときにはその費用も必要になってくる。女性の年齢が上がれば、体外受精による妊娠、出産の成功率は下がる。受精卵や卵子、卵巣組織を保存しておいても、無事に妊娠、出産までこぎつけられるとは限らない。
「乳がんの場合、腫瘍が2cm以下でリンパ節転移がない早期がんなら9割以上の人は治りますが、中には治らない人もいます。赤ちゃんを産むだけではなく、がんが治って子供を育てられるのか、治療の見通しについても担当医に聞いたうえで、選ぶことが大切です」。そう話す清水さんが代表を務めた厚生労働省の研究班と日本がん・生殖医療研究会(現日本がん・生殖医療学会)が2014年に、「乳がん患者の妊娠出産と生殖医療に関する診療の手引き」を作成した。学会などを通じたこの手引の普及によって、乳がんの専門医の間では、「治療後に出産を希望するかどうか」について、あらかじめ患者に確認して治療の選択肢を示し、必要に応じて生殖医療の専門医を紹介するサポート体制が広がりつつある。
女性の多様な生き方を認めて
夫やパートナーと話し合った結果、生殖医療を受けないという選択をする人もいる。一方、ホルモン療法を途中で中断して妊娠、出産し、またその後治療を再開する人もおり、乳がんになった女性の選択は多様化している。「妊娠、出産のためにホルモン療法を中断すると再発のリスクが上がるかどうか」を検証するため、日本、米国、欧州の乳がん専門医のグループが国際的な臨床試験をスタートさせた。このように、乳がん患者が科学的根拠に基づいた選択ができるように後押ししようとする動きも出てきている。
「乳がんの場合、がんの治療をどうするか、乳房再建や生殖医療を受けるのかなど、いろいろと考えなければならないことが多く、患者さんは大変です。それでも、患者さん自身が、納得して選べば後悔は少ないはずです。赤ちゃんを産むことが目的ではなく、産まないという選択も含めて女性の多様な生き方を認めることが大事ではないでしょうか」と清水さんは語る。
なお、日本がん・生殖医療学会がホームページで、乳がん治療後の妊娠可能性温存について相談できる医療機関と医師名のリストを公表している。もしも、担当医に「出産が可能か考えたい」と伝えても理解してもらえなかったり、「生殖医療機関との連携が難しい」と言われたりした時には、リストにある医師に相談してみるとよいだろう。
引用元:
若年性乳がん「赤ちゃんが欲しい」はかなえられる?(毎日新聞)