晩婚化や晩産化などを背景に、不妊治療を始める夫婦が増えている。だが、高度な治療を受けても妊娠、出産できるとは限らないのが現実だ。いつ、どのタイミングで治療を終結させればいいのかと悩む女性は少なくない。不妊治療のやめ時を考える。
横浜市在住の中辻尚子さん(45)は今月から、埼玉県内の不妊専門病院でカウンセラーとして働き始めた。「私の経験を生かせれば」と話す。30歳代の4年間、不妊治療に取り組み、悩みに悩んで治療をやめる決断をした経験がある。
27歳で会社員の正則さん(47)と結婚、33歳で不妊治療を始めた。仕事を辞めて治療に専念し、6度目の体外受精で妊娠したものの流産。ショックから外出できない日が続いた。
治療がつらく再受診する気になれないが、子どものいる家庭を思い描いていた正則さんからは治療再開を期待された。会話や感情が行き違い、着地点が見いだせないまま、夫婦で約1年、カウンセリングに通った。
カウンセリングを通じて子どもを持つ意味などを夫婦で話し合い、徐々に子どもありきの人生以外も考えられるようになった。37歳で治療を離れた。「自然に任せようと決め、心が軽くなりました」と振り返る。
日本産科婦人科学会によると、2013年に実施された体外受精など高度な不妊治療数は約37万件。晩婚や晩産などを背景に、03年(約10万件)の約3・7倍となった。女性の年齢別では40歳が最多で約3万3500件。だが、無事に出産できた割合(分娩ぶんべん率)は8・3%にとどまる。
不妊治療は精神的にも肉体的にも経済的にも負担が大きいだけに、結果が出なければ、いずれやめ時を考えざるを得ない。
東京都のパート女性(51)は34歳で結婚、36歳から10年間、治療した。「月経周期が乱れ始め、体の限界を感じてやめた」と振り返る。
1000万円を投じ、体外受精を20回以上受けたという埼玉県の主婦(47)は、「貯金を失い、お金の工面に困ったのが一番の理由」と話す。東日本大震災で地震や原発の怖さを知り、出産や育児への自信が揺らいだことや、父親の介護が始まったことも重なった。「でも、子どもを持てない寂しさはずっと消えない」と打ち明ける。
公園を夫婦で歩く中辻さん。「週末は2人であちこち散歩するのが楽しみです」(東京都内で)=鈴木毅彦撮影
公園を夫婦で歩く中辻さん。「週末は2人であちこち散歩するのが楽しみです」(東京都内で)=鈴木毅彦撮影
不妊治療専門の「はらメディカルクリニック」(東京都渋谷区)院長の原利夫さんは、「生理が来るうちは『可能性がまだあるのではないか』と、治療を諦められない人が多い」と指摘する。
同クリニックは治療中の女性らを対象に「42歳からの妊活教室」を開いている。高齢での妊娠、出産のリスクや不妊治療に対する国の助成が42歳で打ち切られることなどを説明し、終結を視野に入れた治療を促す。
44歳になった女性には、妊娠がより難しく、出産リスクも高まることから「あと1年宣言」をさせ、基礎体温を日々記録するよう助言する。排卵がなくなっていることやホルモンの乱れなどに気づき、現実を直視しやすくなるという。
「治療終結には、治療面と精神面でやりきった感が必要。正しい情報を提供し、終結に寄り添うのも医師の責任だ」と原さんは話す。
不妊治療経験者らで作るNPO法人ファイン(東京)理事長の松本亜樹子さんは、「貯金を使い果たし、心身がボロボロになる前に、立ち止まって夫婦でこの選択で良いか確認し合うことが大事」と助言する。
話し合いのタイミングは「誕生日を迎えるたびに」など、あらかじめ節目を決めておくといいという。
終結後の支援の場も
治療の終結を決めても、子どもを産めなかった自分を責め、後悔や葛藤で心が揺れる人は多い。こうした人が集まれる場を設けるなどして、終結支援に力を入れる団体もある。
2014年秋に発足した一般社団法人モリーヴ(東京)は毎月1回、治療終結を巡る心の揺れなどを語り合う茶話会を開く。代表の永森咲希さん(52)は「子を持てなかった自分を認めて受け入れるのは難しく、時間もかかる。でも、同じ仲間がいることを知り、思いを共有するうちに、心の折り合いのつけ方を考えられるようになる」と話す。(
引用元:
不妊治療のやめ時は? 夫婦で「節目」決めておく(読売新聞)