妊娠中と産後には脳内で親になるための変化が起きている
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HEIDI MITCHELL 2016 年 6 月 1 日 06:46 JST
原文 (英語)
 出産を終えた女性たちの多くは、同じ不満を訴える。産前に比べて集中力が落ちたように感じるというものだ。妊娠中と産後には見た目にも、ホルモン的にも肉体は変化する。だが、頭の中で何が起こっているかを理解するのは難しい。

 そこで、専門家である米デンバー大学「家族・子供神経科学研究所」のピリョン・キム所長は、新米の母親の脳の灰白質を調べた。キム博士は「マミーブレイン」と呼ばれる頭がぼんやりする現象の背景や、ネズミなどげっ歯類の実験を基に親になると生産性が高まる理由についても説明した。

母親になること

 母親の脳は、子どもが生まれる前にもかかわらず、特定の部分が構造的に大きくなり、機能も増す。これは産後3-4カ月くらいまで続く。キム博士は、「母性本能に関連する脳の領域でこれを確認しているほか、報酬系でも確認している」と話す。

 この部分の成長により、新米の母親は赤ちゃんとの絆を築いて世話をし、赤ちゃんのことを常に考えるようになる。研究によると、前頭前皮質の活動と構造も増加することが確認されている。前頭前皮質は意思決定、学習や感情制御などの実行機能を担う。

 母親になるということは、「実は神経科学的かつ心理学的なプロセスが徐々に進行することである」とキム博士は述べる。

不安の正体

 こうしたことはすべて不安につながり得る。赤ちゃんの健康状態を常に心配する母親が多いのはそのためだ。この不安は、母親が自らの子育てスキルに自信を持つようになるにつれて消えていく。キム博士によると、「親を長期間追跡すると、不安は数カ月にわたって徐々に減っていく。その間に親は赤ちゃんの世話や触れ合いの仕方を学び、赤ちゃんは自立していく」という。

 キム博士は、出産前には重要だったことに割く時間、例えば、自分のための時間、友人と会う時間や仕事をこなすための時間がないように感じるのは自然なことだと考えている。なぜなら、脳は新しい環境に適応しようと懸命に努力しているからだ。「1日は24時間しかないのだ」とキム博士は語っている。

出産すると賢くなる

 キム博士は、「動物の研究結果を借用できるなら、複数回の妊娠は記憶力を向上させるのではないかと推測できる」と話す。同博士によると、げっ歯類は複数回の出産を経ると、海馬の機能が向上し、餌の場所に関する記憶力が次第に良くなるという。「彼らにとって、食料の調達は子育て上、死活問題だからだ」

 同博士は、人間においても、脳が同じように適応して、特定のことに関する記憶力が向上したり、より効率的かつ生産的に動けるようになったりする可能性があると述べる。子育てに割く時間を増やすためだ。ワーキングマザーの生産性が産前より高まっているという説を裏付ける強力な証拠はまだ見つかっていないが、「これが事実だと証明されてもわたしは驚かない」と同博士は話している。

父親の脳も変化する

 新米の父親の脳の活動も、産後数カ月間増加する。ただキム博士自身の研究によると、「影響がある脳の領域は母親と比較すると少ない」。父親の脳で構造的に大きくなった領域の1つは、「親の本能」をつかさどる線条体だという。

 「愛情ホルモン」のオキシトシンは授乳と関係があるため、母親よりは少ないものの、父親も増加する。また、快楽ホルモンのドーパミンの量も赤ちゃんとの触れ合いを通じて増加する。ただ、これらの反応のスピードは、産後初期には母親のそれよりもずっと穏やかになるとみられる。

変化は持続する

 キム博士の最新の論文はまだ発表されていないが、暫定的な結果によると、神経細胞の集まりがある皮層の厚みは産後6カ月間にわたって増したという。このうちの1つである前頭前皮質は、記憶、注意力、言語と感情において大きな役割を担う。このため、出産から数カ月後に「賢くなった」、「自信がついた」、「子育て以外の作業でも集中できるようになった」などと感じるようになるかもしれない。

 キム博士は子育てが明らかに重大な仕事だと述べる。なぜなら、子育てを起因とする脳の劇的な成長は、成人以降の他のどの時期にも見受けられないものだからだ。キム博士は「子育てを始めた当初に脳で見受けられるこの驚異的な可塑性が、前向きな成長につながっているとみている。だから、マミーブレインは結局のところ、良いものなのだと思わずにはいられない」と話す。



引用元:
出産すると集中力が落ちるのは本当か(ウォール・ストリート・ジャーナル日本版‎ )