断水が長期間続いた熊本地震では、哺乳瓶を十分消毒できないため、「子どもに安全なミルクをあげられない」と悩んだ母親たちが多かった。そんな窮状を知って、海外の液体ミルクが緊急輸入され、保育所などに配られた。国内での製造、流通が認められていない液体ミルクが災害時に役立つことがあらためて証明された格好で、製造に及び腰の国内メーカーと、動きの鈍い国を動かすか注目されている。


 「ずっと断水していたので、水を使わなくてもいい液体ミルクはとても便利でした」


 熊本県西原村にある阿蘇こうのとり保育園の田中文典園長(65)は振り返る。同園には四月下旬、フィンランドからの支援物資として、乳児用の液体ミルク百二十本が届けられ、園児に飲ませた。


 村は震度7の揺れに見舞われ、断水は今月上旬まで続いた。ゼロ歳児クラスにはミルクが必要な子が九人いる。このため、保育士は配給される水を沸かして、哺乳瓶を消毒し、粉ミルクを溶かして飲ませていた。


 田中園長によると、ミルクを作れないという最悪の事態にはならなかったが、「液体ミルクは緊急時に役立つと実感した」という。届けられた液体ミルクは、日本フィンランド友好議員連盟が、フィンランドメーカーの協力で二百ミリリットル紙パック約五千本を緊急輸入。困っていた同園など十六園に無償で配布した。


 液体ミルクは国内での製造、販売が認められていない。今回は、「食品衛生法の適用を受けない救援物資として輸入した」(議連)という。


 厚生労働省によると、国内流通が認められていないのは、液体ミルクの成分など規格基準が省令にないため。同省基準審査課は「省令に液体ミルクの規格基準を設けるためには、製造や流通過程で安全性を示すデータが必要」と説明する。海外製品の輸入販売についても、同様の扱いを受ける。


 だが、国内の粉ミルクメーカーは製品開発に慎重だ。あるメーカーは「要望があることは知っているが、開発の予定はない」。別のメーカーは、研究を進めていることを認めながらも、「栄養価が高い乳児用液体ミルクは、微生物が繁殖しやすく、色味や味の変化も起こりやすい。安全性に万全でなければならず、具体的な商品化のめどは立っていない」と説明する。


 液体ミルクは、欧米では一般に普及しており、スーパーでも買える。価格は国によって異なるが、二百ミリリットル程度の飲みきりタイプは一本二百円程度。容器ののみ口に専用の乳首を付けて飲める製品や、哺乳瓶に入れ替えて使うものもある。

◆販売を求めて

ネット署名増加


 国内で流通できない状況に疑問を感じて、インターネットで署名活動を始めた母親がいる。


 二歳の女の子を育てる横浜市鶴見区の末永恵理さん(36)。二〇一四年十一月から始めた署名は、熊本地震前までに一万二千筆だったが、地震発生後に急増し、四万筆に達した。


 末永さんは「先進国で手に入らない国はほとんどない。日本でも流通を許可してほしい」と話す。災害時の備えになるほか、「夜中や外出先での調乳の負担が減り、親にはとても助かる」と訴える。


 粉ミルクの国内メーカーが液体ミルクを製造していないことについては、「少子化で採算が取れるほど需要があるか不透明なため、開発に踏み出しにくいのでは。署名を通じてニーズがあることを訴え、国内流通につなげたい」と話す。


引用元:
<備え 再点検> 非常時に有効、乳児用液体ミルク(中日新聞)