子育てをしていると、ちょっとしたことに不安になったり、迷ったりの連続です。ご自身も16歳と9歳の娘たちを育てる小児科医・森戸やすみさんと一緒に、子育てと子どもの健康について考えるコラム「小児科医ママの大丈夫!子育て」が始まります。育児をする親たちと、医療者とのギャップをうめようと、ブログや著書を通して発信し続けている森戸さんに、お話を伺いました。 (聞き手・鈴木彩子) 

――小児科医になったきっかけは?

 小さい頃からヒーローもののアニメが好きでした。根が単純なので、正義の味方ってかっこいいなと思って。両親が学校の先生だったこともあって、先生もいいなと思ってたんですけど、より困った人を直接助けるのは医者なのかなと。子どもの発達ということにも、興味があったので。

 医者になってしばらくは、大学病院などの小児科で経験をつみました。規模の大きな小児科だったので、高度な医療が必要な病気、手術が必要だったり、薬を開発しながら治療を進めたりする病気なども診ていました。子どもの病気って本当にたくさんあって、こんなにたくさんあるということを、小児科医になってはじめて知りました。

 

――新生児集中治療室(NICU)にも勤務されていましたね。

 長女の出産を経て仕事に復帰してから、4年くらいNICUに勤務しました。今から10年ほど前になりますが、未熟児のお子さんが多かったですね。時には命を救えないこともありました。自分の指示一つがその子の一生を変えるかも知れない、ご家族全体の人生も変えてしまうかも知れない。ものすごくはりつめて仕事をしていました。

 

――今は一般病院の小児科にお勤めですね。日常診療に戻ろうと思ったのはなぜですか。

 次女の産休とともにNICUを退職しました。以前から、医療はどんどん高度になって新しい知見も毎年生まれているのに、一般の人にまでそれが浸透しなくて、隔絶しているなと感じていました。高度な医療と一般の人をつなぐ役割がぽっかりないような気がして。

 例えば、アレルギーの治療には最初から食事制限をしてはいけない、食事制限をしてもアレルギーの予防はできないということは、医療界では常識ですが、一般の人はほとんど知らない。

 抗生剤もそうです。外来で「抗生物質をください」という親御さんがいらっしゃいますが、抗生剤は細菌には効くけれど、ウイルスが原因の大半を占める風邪症候群には効きません。親御さんは「この薬さえもらえばこの子を治してあげられる」と思っているのに、良くならない。医者は、「抗生剤は効かない」とわかっているのに処方してしまう。どっちも不幸ですよね。私はそこをつなぎたいなと。そうしたらお互いハッピーになれると思ったんです。

 

――出産を経験して、気付いたこともありましたか?

 たくさんあります。子どもが生まれてはじめて、子どもをつれて出歩いたり、病院に連れて行ったりすることがこんなに大変なんだとわかりました。まず荷物、何を持っていくか、からはじまって、全部用意を整えたと思ったら、おしっこしちゃった、うんちしちゃった、ええ〜っていう。時間に間に合わない…とか。こんな中、お母さんたちは来てくれているんだなと、とても実感できました。 

 長女が熱性けいれんを起こしたときなどは、「悪い病気だったらどうしよう」とすごく焦りました。それまで、けいれんは診察で何度も見ていましたけれど、「ああこれは、親御さんたちはびっくりするだろうな」と思いましたね。

 

――子育てと仕事の両立は、大変でしたか?

 大変でした、大変でした、子育てが。「お母さんたちはみんな、こんなことやってたのね」と思って、道行くおばさまたちがすごく輝いて見えました。

 病院の当直なら、誰かが代わってくれます。朝まで働いたら、あとは日勤の先生が代わってくれるし、翌日は別の医者が当直をします。でもお母さんに代わりはいなくて、24時間ですよね。「え〜、毎日こんなに眠れないのが、いつまで続くの?」と思って、産んでからがくぜんとしましたね。

 夫からは「小児科医だから子育ての仕方わかってるでしょ」と言われたりもして。「何言ってるんだろこの人、私だってわからないわよ」と思ったこともありました。私たち小児科医は治療はするけれど、子育てなんて習うわけがありません。

 やりかけのことが家中に散乱して、何も続けてできない。ろくに寝られないし、予定も立たない、自分の時間もない。つらかったですね。でも、おばさまたちはみんなそれをやっていて、大変だったんだなと思いました。 

 

――ブログやツイッターで、身近な医療情報などを発信していますね。

 7年ほど前、ブログが流行りだした時期に、「身近なことから書いて、自分のポータルを持つと良い。世界が広がるし、仲間も増える、いろんな意見も知ることができる」って本で読んで、私もやろうと。絵を描くことが好きだったので、イラストを添えて、はじめは子どものことなどを、毎日、毎日更新していました。

 当初から、医療の話もゆくゆくは書きたいと思っていました。だけどいきなり「抗生剤は効きません」って書いても反発を呼ぶだけなので、日常にあったおもしろいことで共感してもらったり、クスッと笑ってもらったり、で、たまに医療の話を書いた方が浸透しやすいかなと思ったんですね。

 地道に書き続けていたら、出版社の人が声をかけてくれて、出版につながりました。それから、雑誌に記事を書いたり、新聞社のインタビューを受けたり、「意見を聞かせてほしい」というお話が増えてきました。



――アピタルでのコラム、どんなことを書いていきたいですか?

 病院のかかりかたのような、知っていて欲しい基本的なことから、ジカ熱のように新しく分かってきた病気のことなども、一緒に勉強しながら書いていきたいですね。イクメンが増えてきたから後押ししようとか、日本ではまだ認められていないけれど、災害の時などは粉ミルクよりも液体ミルクが便利だとか、そういう話もしていきたいです。


 日本のお母さん、お父さんたちはとてもまじめで、いろんなことを心配する方が多いと思います。その上、お父さんは長時間労働で苦しんでいるし、お母さんはほとんど一人で子育てをしなきゃいけない状況の人が多くて、困っている。日本は、社会的にも子どもにあまり優しくないですし。でも、心配する人ほどちゃんと育てているんです。だから、「もっと自信をもって大丈夫だよ」、という話をしたいですね。

 母乳育児だって、子どもの発熱だって、量りや時計をみるんじゃなくて、母性本能とか、野生のカンみたいなものをもっと信じてくださると良いのになって思います。もっと、ご自分とお子さんがどうしたら幸せになれるかを考えて欲しい。


 子育てに正解はないし、失敗だと思ったことがいいことにつながるかもしれない。そんなに頑張りすぎなくても大丈夫だよ、ということを書きたいですね。

 

<森戸やすみさんプロフィール>

 小児科専門医。1971年東京生まれ。1996年私立大学医学部卒。NICU勤務などを経て、現在は一般病院の小児科に勤務。2人の女の子の母。著書に『小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』(メタモル出版)、共著に『赤ちゃんのしぐさ』(洋泉社)などがある。医療と育児をつなぐ活動をしている。


引用元:
《プロローグ》 森戸やすみさんインタビュー 「頑張りすぎなくて大丈夫!」(朝日新聞)