産めない国、脱却急げ
がんを患うなどの身体的な理由ではなく、仕事や独身など社会的理由で、健康な女性が凍結卵子を使い、出産していたことが明らかになった。凍結卵子による体外受精の妊娠率は低い(10%程度)が、「卵活」や「卵貯金」などと呼ばれ、晩婚化・晩産化社会で広がる可能性がある。国は卵子凍結の実態把握とルール作りを進めるとともに、「産みたいけど、今は産めない社会」からの脱却を急ぐべきだ。
「部下の管理などで仕事が忙しく、自分のことを考える余裕もなかった。でもアラフォー(40歳前後)が近づき、やばいと感じました」。東京都内で会社を経営する30代後半女性は、卵子凍結に踏み切った理由をこう話した。
女性がクリニックで凍結した卵子は約10個で、費用は10年間の管理費を含めて約100万円。ところが、第1子は自然妊娠で産むつもりだという。「やはり自然に妊娠、出産するのがいい。2、3人目のころは年をとっているから凍結卵子を使います」と自らのライフプランを描く。
卵子12個を凍結保存する大阪府内の独身会社員(41)は、45歳になったらすべての卵子を廃棄してもらうつもりだ。「45歳で産めば、子どもが20歳の時に私は65歳。科学が進歩しても寿命は変わらないし、親子の年齢差はこれが限界かな」と話す。
卵子凍結は当初、抗がん剤などの治療で排卵が難しくなる若い女性患者を想定して研究が始まった。だが、晩婚化・晩産化が進み、卵子の老化によって妊娠が難しくなる例が増えたため、健康女性の利用が相次いでいる。卵子凍結が「老化の時間をストップする方法」(30代後半女性)と言われるのはそのためだ。就職が決まった娘に、親が施術費用を贈るケースもある。
高齢出産を助長の懸念も
2014年の平均初婚年齢は男性31・1歳、女性29・4歳で、この20年で3歳上がった。第1子を産む女性の平均年齢も30・6歳と、約40年前から5歳上がった。20代が妊娠・出産の空白期間になっているが、日本産科婦人科学会(日産婦)の冊子によると、「25〜35歳前後」が妊娠・出産に最も適した年代とされる。それ以降は卵子の老化に加え、加齢に伴い不妊の原因となる子宮内膜症などのリスクが高まり、流産の割合も上がるためだ。一方、高齢になっても子どもを望む女性は多い。不妊治療を受ける女性の平均年齢は39歳前後で、年々高齢化している。
しかし、健康な女性がこの技術を使う妥当性には見解が分かれる。今回、出産例が明らかになったオーク住吉産婦人科(大阪市)の船曳美也子医師が「『将来の保険』として知ってほしい」と訴えるのに対し、吉村泰典・慶応大名誉教授は「高齢出産を助長する恐れがある」と慎重だ。日産婦は「受精卵や胎児への影響が不明」などとして、「推奨しない」とする文書をまとめている。
本紙の昨年の調査では、全国で少なくとも353人が既に卵子を凍結した。保管期間はクリニックによるが「50歳」などの年齢制限を設けているところが多く長期に及ぶ。未受精卵は壊れやすく、氷点下196度の液体窒素タンクで保管する必要があるが、管理でミスがあっても立証は困難だ。「卵子凍結ビジネスが拡大して業者が増えれば、管理がずさんなクリニックはきっと出る」。都内の産科医はこう指摘し、早急な国レベルのルール作りを求める。
妊娠や出産に関する教育不足も指摘される。卵子は胎児の段階で700万個程度作られるが、加齢に伴って減り続けるとされる。こうした知識がないまま、女性が「仕事か子どもか」の選択を迫られている実態も直視すべきだ。
育児と仕事両立、環境作り後手に
「自分の適齢期の間に仕事と育児を両立できる社会が来るとは思えない。成功率は低くても合理的だし理想的です」。取材で出会った都内の女性会社員(28)は卵子凍結を検討する理由を話した。政府は、女性の管理職割合の引き上げなどを目指す女性活躍推進法を成立させたが、その前提の「育児しながら働ける社会環境作り」は後手に回っているのではないか。
女性を労働力として活用する一方、女性の人生設計へのサポートをおろそかにしてきた社会の矛盾が、卵子凍結の拡大の土台にあると考える。保育園の待機児童問題は深刻で、子どもが入園できず職場を去る女性もいる。男性の育児休業取得も重要だ。育休取得を宣言した自民党衆院議員の問題があったばかりだが、育児を女性任せにしないため、引き続き取得を広げる環境を整えるべきだ。「産めない社会」から「だれでも産み、育てやすい社会」に転換できるのか。人口減少社会の日本に問われている。
引用元:
健康女性の卵子凍結保存=中西拓司(東京科学環境部)(毎日新聞)