「乳房を残せるのか」−−。乳がんと告知され治療を受けるとき、胸のふくらみを失わなくて済むのかは、多くの女性にとって大問題だ。そのため、かつては、ある程度がんが大きくても、乳房を残す「温存療法」をしてくれる病院を探し求める患者は少なくなかった。しかし、人工乳房(インプラント)を使った再建手術が保険適用になって以降、事情は変わりつつある。
保険適用で金銭的ハードルが低下
「乳がんの手術には、病巣とその周囲を部分的に取り除く乳房温存療法と、胸の筋肉は残して乳房を全て切除する方法(全摘)があります。インプラントによる再建が保険適用になる前は、約6割が温存療法を受ける患者さんでした。しかし、温存療法を受ける患者さんが5割くらいになり、全摘手術を選ぶ人が5割、そのうち5分の3くらいの人が乳房再建を受けるようになってきています」。がん研有明病院乳腺センター長の大野真司さんは、そう強調する。
温存療法は、がんとその周辺を部分的に切除した後に放射線を照射する治療法だ。その対象になるかどうかは、がんの大きさと胸とのバランスが基準になる。「乳房を残せるに越したことはないので、がんが小さい場合には温存療法が第一選択になります。温存手術をすると乳房がゆがんで左右の差が大きくなると想定される場合には、全摘して再建したほうがよい場合もあります」と大野さん。
がん患者を対象にインプラントを使った乳房再建が保険適用になったのは2013年7月。当初は、多くの日本女性の胸には合いにくいラウンド型のインプラントだけが保険の対象だったが、14年1月にしずく型のものにも保険が利くようになって選択肢が広がり、さらに乳房再建の希望者が増えた。自費で100万円以上かかっていた治療が、保険診療での自己負担は約30万〜40万円。事前に手続きをして高額療養費制度を使えば、病院の窓口ではさらに負担が軽減される。金銭的なハードルが下がったことで、全摘手術と乳房再建を望む人が増えているとみられる。
温存可能でも全摘を選ぶ人も
乳房温存手術については、以前、日本乳癌学会が、その適応範囲をしこりの大きさ「3cm以下」としていた。だが、同じ3cmでも、患者本人の胸の大きさによって手術後の見栄えは異なる。そのため、近年は、特に大きさに明確な基準を設けず、がんを全部取りきっても胸のバランスが大きく崩れないようなら、3cmを超えるがんでも温存療法が行われている。また、手術の前に抗がん剤治療を受け、がんが小さくなれば温存療法が受けられる場合もある。
「一方で、がんが小さくて温存療法が可能なのに、『少しでもがんが残ったら怖いから』『再建したい』などの理由で、全摘手術を希望する人も少なくありません。例えば、胃がんや肺がんの手術では、部分切除を勧められたのに全摘を希望する人はいないのではないでしょうか。乳がんは、患者さんの希望や価値観が治療法の選択に大きく関わる病気なのです」と大野さんは語る。
反対に、早期発見した小さながんでも全摘が避けられないケースもある。40代の会社員Aさんは、検診で乳がんが見つかった。精密検査の後、受けた診断は超早期で、進行度を表すステージは0期の非浸潤がん。がん細胞が乳房の中の乳管や小葉にとどまる前がん病変だ。転移や再発の恐れはほとんどなく、手術を受ければほぼ100%治る。ところが、「早く見つかってよかったのですが、私の場合、非浸潤がんが乳房全体に広がっていたので、温存できないと医師に言われてがくぜんとしました。他の病院でセカンドオピニオンを受けた医師の意見も同じでした」。そう話すAさんは、悩んだ揚げ句、全摘と同時に乳房再建手術を受けた。
「非浸潤がんでも、病巣が小さければ温存手術が可能です。しかし、非浸潤がんは乳房全体に広がっていることが多く、全摘しないと病変が取り切れない患者さんが多いのが実情です。超早期の0期なのになぜ全部乳房を取らなければならないのかと疑問に思うかもしれませんが、全摘手術をしたほうがよいかどうかは進行度ではなく病巣の広がり方によるのです」(大野さん)
同時再建が勧められないケースも
乳房温存療法か全摘手術か、どちらでも選べる状態のときには最終的には患者自身が決めることになる。全摘手術を選んだ場合には、再建を受けるかどうかも考える必要がある。ただ、「全摘手術の後、胸壁にがんが再発するのを防ぐために放射線治療を受ける場合には、がんの手術と同時に乳房再建するのはお勧めできません」と大野さんは説明する。人工乳房による再建を受ける際には、組織拡張器(エキスパンダー)を挿入して皮膚を伸ばすが、そこに放射線を当てると感染が起こりやすかったり、皮膚がのびにくかったりするからだ。全摘手術後の放射線治療が特に強く勧められるのは、わきの下のリンパ節に転移が4個以上ある人。そして、リンパ節転移が1〜3個でも、しこりが5cm以上の人やリンパ管にがん細胞が詰まっている人だ。
また、抗がん剤治療を受ける人も、抵抗力が落ちて感染しやすいのでその前に再建手術を受けないほうがよいとされる。抗がん剤治療の対象になるのは、わきの下のリンパ節に転移がある人、活発に活動しているがん細胞の割合が高い人、「HER2(ハーツー)」と呼ばれるたんぱくががんの増殖に関わっているタイプの人だ。
再発防止の治療が確立
超早期の非浸潤がんを除き、非常に小さい段階で乳がんが見つかった人でも、治療は手術だけでは終わらず、薬物療法や放射線療法を組み合わせて行われる。女性ホルモンが増殖に関わりがん細胞はおとなしい「ルミナールA型」、特殊なたんぱくが関係し進行が速い「HER2型」など、乳がんは大きく五つのタイプに分けられる(表参照)。患者は、すでに全身に広がっているかもしれない目に見えないくらい小さいがん細胞を退治して再発を防ぐことを目的に、タイプに合わせてホルモン療法、抗HER2療法、抗がん剤治療といった薬物療法を受ける。
「乳がんは、増殖の経路がいろいろと解明されているため、目に見えないがん細胞をたたいて再発を防ぐ治療が確立している病気です。早期がんでも長期間の薬物療法を受けなければならないのは大変かもしれませんが、その分治る確率も高いと前向きにとらえましょう。ホルモン療法や抗HER2療法の進歩で再発率が減り、8〜9割の患者さんは乳がんになってもその後は元気に長生きしています」と大野さんは話す。
乳がんは30代、40代で発症する人もおり、結婚、出産といった人生設計を立て直さなければならなくなる場合もある。ホルモン療法中の妊娠は避けた方がよく、抗がん剤治療後は排卵がなくなり出産は難しいからだ。そのため、治療を始める前に、生殖医療機関で卵子を採取し凍結しておく患者もいる。
乳がんと告げられ、ただでさえ気持ちが動転しているときに、乳房を温存できるのか、全摘手術・再建を受けるのか、場合によっては出産をどうするのかまで考えるのは大変だ。目の前の仕事、家事、育児をどうしようか悩む患者もいる。「乳がん治療では、最終的には患者さん自身が治療法を選ばなければならない局面も多々あります。情報がはんらんしているので、担当医、看護師、がんを体験しているピアサポーターをうまく活用して、自分にとって何が大事なのか考えて選ぶようにしましょう」と大野さん。わからないことは担当医に聞き、よくコミュニケーションを取ることが、納得のいく治療を受ける第一歩になりそうだ。
引用元:
乳がん手術、温存療法が減って全摘が増えている?!(毎日新聞)