最近、他言語はおろか日本語すら怪しい若者の増加も指摘されていますが、そもそも言語能力に必要なのはどんなことでしょうか。
最近、ハーフタレントさんなどで、日本語と父方あるいは母方の言語だけでなく、様々な言語を操る人が増えてきていますよね。
『言語を生みだす本能』などの著者で、言語認知学者のスティーブン・ピンカーが唱えた「臨界期仮説」によりますと、人間は5−6歳の学齢期から脳の代謝活動や、神経細胞の数が衰退し始め、12−15歳頃にその能力は底をうつそうです。
じゃあ、子どもの頃に親の仕事の都合などで いろいろな国で暮らした幸福な人以外は、他言語ペラペラになれないのでしょうか…?
いいえ。
最近雑誌『Nature』に発表された調査結果がありまして、子どもを対象に、言語能力のテストとして数学と国語、空間把握能力のテストとして理科と社会の試験を実施したところ、親からの遺伝は空間把握能力でより高い傾向が出ました。
ということは、言語能力に関しては開発次第で、いかようにも操れる可能性が高いということでもあります。
基本的に言語は”生得”ではなく、”習得”によって鍛えられる能力なんですね。
幼少期に学習する必要に迫られる状況に身を置けた幸せというものは確かにあると思いますが、憧れのペラペラになるのは不可能ではありません。
1年に1度、「ペラペラ人の会合」が開かれているのをご存知?
何か国語も操れる人々は「ポリグロット(polyglot)」と呼ばれています。定義は3ヶ国語から。
歴史上有名なポリグロット
ヨハネ・パウロ2世
先代ローマ教皇。17ヶ国語を操れた。
ケネス・L・ヘール
マサチューセッツ工科大などで言語学教授。50か国以上を操れた。アメリカインディアンのナバホ族など、消えゆく言語のスペシャリストでもあった。
ジョン・ミルトン
17世紀の詩人、政治家。10か国以上を操ったほか、”terrific”など、今日一般的に使用されている英単語を多数開発した。
ハインリヒ・シュリーマン
19世紀の考古学者。幼少の頃、ホメロスの『イーリアス』に感銘を受けて以来猛烈な勢いで他言語を習得し、当時実在しえないと考えられていたギリシャ神話の街トロイアを発掘。文法は学ばず、現地の人が大きな声で話す言葉を聞き、自分も大声で彼らに話すという型破りな方法で、18ヶ国以上を習得、操った。
オードリー・ヘップバーン
『ティファニーで朝食を』などへの出演で知られるハリウッド女優。彼女はヨーロッパでも最も言語的多様性が高い(それゆえに内紛が絶えない)ベルギー生まれ。父親は英語圏、母親はオランダ語圏の人間だった。
リチャード・シムコット
現在も活躍中のポリグロットとして多数のメディアに出演。
手続き型記憶と、宣言的記憶
記憶には、手続き型記憶と宣言的記憶というものがあります。
手続き型記憶(Procedural memory)…運動・知覚・認知・習慣などに関わっており、同じ経験を反復することにより形成される記憶で、一度形成されると自動的に機能し、長期間保たれます。言語能力もここに含まれます。
陳述記憶(Declarative memory)…教科書を使った学習などで得るいわゆる「知識」としての側面と、個人が経験した出来事に付随する記憶の2種類があり、手続き型記憶と異なります。
言語の扱い方で言いますと、手続き型記憶は”apple”という単語を正しく「アポゥ」というように発音させる能力であり、陳述記憶はネイティブ話者に接していれば文法を度外視すれば必然的に多数身についてくる能力、といったところです。
他言語を流暢に話すには、この2つの記憶に単語をプログラムしたうえで、一瞬のうちに言葉として出てこさせる必要があります。難しですね。
認知症を遅らせる効果アリ。臨界期説は嘘?
しかし、ヨーク大学のエレン・ビヤリストック教授によると、「こういう難しいトレーニングが認知症予防にはいちばん良い」とのこと。
移民を対象とした研究の結果、2ヶ国語話す人は認知症になるのを5年遅らせられたそうです。
これが3ヶ国語になると、6,4年、4ヶ国語以上の話者は9年…と、話せる言語が増えるに従い、認知症も遠のきます。
この結果は、認知症予防のための脳トレを謳っているアプリや、ゲームにあまり効果が認められないのと対照的です。
ピンカーの臨界期説もあることですし、私たちの大半は新しく言語を学び始めても、ネイティブ並みに流暢になるには歳を取りすぎなんじゃないでしょうか…?
しかしビヤリストック教授は、「それは大袈裟すぎる」と指摘。
彼女によると、人は歳を取っても記憶力そのものの低下は本当に僅かだそうです。ポリグロットの会合に参加している人の多くは、他言語を大人になってから習得した人の割合がかなり多くいます。
例えば英語が母国語で、今は九州産業大学の教授を務めるフロリダ育ちのティム・キーリー教授は、義務教育でスペイン語のネイティブにたくさん接していました。
子どもの頃は「音楽みたいだな」と思いながら、よく理解できない言葉が流れるラジオ局にチューンを合わせて聴いていたそうです。
大人になってから各国に旅行に行き始め、大学でフランス語、ドイツ語、ポルトガル語の教育を受け、スイス、東欧、日本を歴訪。
今では20ヶ国語以上を流暢に話す彼ですが、大半は大人になってから習得したものだそうで「言語の臨界期説があるなんてタワゴトです」と言います。
地頭?いえ、カメレオン力です。
どうしたら彼らと張り合えるくらい話せるようになるんでしょう?さぞかし頭が良いんでしょうね…?
しかし、多言語話者でいることによる社会・心理的な効果についての本を執筆中のキーリー教授は言います。
いま新卒採用などで重要視されてきている「必要最低限の知識を応用して難しい事象の理解に繋げる能力」= いわゆる「地頭(raw intelligence)」論に関しては、懐疑的です。
それって、分析能力とかには重要だと思いますけど、言語習得にはあまり関係ないですよ。
その代わり、新しい言語を習得するとき、人は自分の人格を深く意識することになるので、言語の習得を早めるには、自分のアイデンティティを獲得し続ける「文化的カメレオン」のような能力が必要です。
これは言語学者の間での一般認識でもあります。
我々が話す言語はアイデンティティと切っても切れない関係にあるのです。
フランス人はロマンティスト、イタリア人なら情熱家というように、母国語は思考と行動に影響を及ぼしています。
実際、多くの研究結果において、ポリグロットは話す言語によって立ち居振る舞いを変えることが明らかになっています。
会合に参加した一人、近々公開予定のショートフィルム『The Hyperglot』に主演の俳優Michael Levi Harrisさんは、22ヶ国後を操れますが、生まれも育ちもニューヨークなのに、記者との会話の中で完璧な英国訛りで話し出したそうです。
その様子は「急に人格が変わったか」と思えるほどで、本人も「意識しているわけではないんですけれど、急に人格が変わってしまうんです」とのこと。
思い込み力や、演技力が重要?
確かに、上にあげた有名なポリグロット達もそうですが、彼らは普通の人よりも言語を習得・開発する必要性に迫られていた人たちばかりですよね。
消えゆく言語を記録に残さねばならない・残したいという使命感に駆られた言語学者や、言葉を操る達人である詩人、民の心に響く演説を行うことが生命線の政治家など。
キーリー教授の最近の研究結果でも「私は容易に人の心がわかる」「私は人に強い印象を与えることができる」と答える人ほど、新しい言語を流暢に操るという結果が得られたそうです。
また、意図的に誰か別の人物と同一視してその人の真似をすることにより、苦もなく他言語が習得できるというのは定説となっています。
果たして、その方法で身についた言語で話す自分は、心から自分自身であると言い得るのでしょうか。
皆さんはどのようにお考えになるでしょうか?私自身は、あくまで他言語ペラペラになるのは、何らか自分オリジナルな目的達成のための手段であって、それ自体が目的ではないと思っていますので、話す過程で自分を見失うようであれば、単一言語しか話せないままの方が良いと思ったりもしますが…
《参照》
How to learn 30 languages-bbc.com
The world’s most famous polyglots throughout history-flashsticks.com
『言語を生みだす本能』 スティーブン・ピンカ
引用元:
「苦」もなく数ヶ国語を操る人々、何が違うの?1/1(imedi)