諏訪市大手町の青木産婦人科医院が、百年余りにわたって続けてきた分娩の取り扱いを終了した。医療従事者の高齢化や体調不良、後継者不在が重なり、決断を余儀なくされた。一方、婦人科の診察は今後も継続する。青木巍院長(72)は「これからも女性の人生の質向上に貢献したい」と話している。
同院は祖父の要さん(故人)が1923(大正12)年に開院した。2代目院長の父正博さん(故人)は天文学と自然を愛する文化人として知られ、新田二郎の小説「霧の子孫たち」の主人公のモデルにもなった。親子3代それぞれ約30年間お産に対応した。
近年は青木院長と冨田和彦医師の産科医2人、看護師8人、助産師3人の体制で、諏訪赤十字病院(諏訪市)と連携して年百例前後の分娩に対応。妊産婦は諏訪市を中心に茅野市や上伊那郡辰野町などから訪れた。分娩の取り扱いは昨年10月上旬に終了し、病床約10床を廃止。通院中の妊産婦には妊娠32週まで健診に応じていて、諏訪日赤などに紹介している。
青木院長は約2年前の骨折に伴う自身の体調不良や高齢化、後継者の不在に加え、看護師ら医療従事者が思うように確保できなかったことを理由に挙げる。少子化に伴って出生数が減ってきたことや、近隣の病院や診療所にお産の“受け皿”があったことも、決断を後押ししたという。
東京慈恵会医科大を卒業し、佐久総合病院、諏訪日赤などを経て40歳のときに青木産婦人科医院の3代目院長に就任。安全な出産のために常に緊急を強いられ、365日24時間体制の「どこにも行けない生活」が続いていた。
今後は、自律神経のバランスを整えて心身の健康を図る活動に力を入れる。40年近いはり治療の経験を生かし、更年期症状や月経前症候群、うつ、冷え性、不妊症などの改善に取り組む考えだ。
青木院長は「諏訪にはお産に対応する病院、診療所がある。そうした環境や自分の体調を考えて『もういいじゃないか』と思った。西洋医学を中心に東洋医学も活用し、女性の人生の質をもっと高めたい。これからも医師として地域の医療に貢献します」と話している。
県諏訪保健福祉事務所によると、諏訪地方では現在、諏訪日赤と諏訪中央病院(茅野市)、諏訪マタティークリニック(下諏訪町)、あおぞらレディス&マタニティクリニック(諏訪市)、野村ウィメンズクリニック(岡谷市)、平岡産婦人科(茅野市)の6施設が分娩に対応している。
引用元:
地域 : お産支えた一世紀 諏訪の青木産婦人科医院が分娩終了 (長野日報)