「卵子のドナー(提供者)を募集します」

 関東地方の女性(37)は2年前、インターネットに流れていたニュースに心が揺さぶられた。

 幼い頃、3歳下の弟が悪性リンパ腫を患い、7歳で亡くなった。自分が骨髄移植のドナーになれていれば、助かる可能性もあった。弟を救えなかった悔しさが、頭から消えずに残っていた。

 ドナーを募集したのはNPO法人「卵子提供登録支援団体(OD―NET)」(神戸市)。病気などで若くして卵巣機能が低下した人を対象に、匿名の第三者からの卵子提供を仲介する団体だ。女性は、迷わず登録することを申し出た。

 長男(10)がいる。8年前に離婚し、今は複数の仕事をして家計を支える。まだ、卵子提供はしていないが、連絡があれば応じるつもりだ。「私にはこの子がいて幸せ。産めない人の役に立ちたい」

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 昨年、生まれた子どもは、100万3539人で1947年以降、過去最少。要因の一つは晩婚化だ。女性の平均初婚年齢は29・4歳と20年前より3歳ほど上昇した。妊娠しづらい35歳以降に結婚する女性の割合も増え、体外受精を受ける女性のピークは40歳。妊娠に至らないケースも多いが、国内ではこうした女性が卵子提供を受けるのは難しい。若い女性の卵子を求めて海を渡る夫婦も少なくない。

 50歳代の女性もその一人。子どもは欲しかったが、仕事に達成感があり夜中まで働いた。40歳で今の夫と結婚。仕事を辞めて不妊治療を始めたが、子どもはできなかった。だが、どうしても諦められなかった。

 「一目見て『自分の子どもではない』とわかるのは嫌でしたが、血縁にこだわりはありませんでした」。渡米して日本人の女子大生から卵子提供を受けた。

 無事に出産し、娘は今年4歳。友達から「似ている」と言われると、うれしさがこみ上げる。娘は最近、料理に興味を示し、ホットケーキの粉を混ぜたり卵を割ったりと、お手伝いもしてくれる。「おなかを痛めて産んだ私の子。娘に話すつもりはありません」

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 やっとの思いで手に入れた「子どものいる家庭」。だが、複雑な思いを抱く子どももいる。

 東京都の石塚幸子さん(36)は23歳の時、父親の病気をきっかけに精子提供で生まれたことを知った。「自分の人生がうその上に成り立っていたのか」。親に対して憤りを覚えた。

 どんな人が精子を提供したのか、手がかりはない。「子どもには『出自を知る権利』を認めてほしい」

 子どもを授かることができない夫婦への、卵子や精子の提供は、日本でも今後、増える可能性がある。米国ではインターネットを通じて、親が、卵子や精子の提供で生まれた子どもの「出自」を捜す手助けをする動きもある。

 「ルーツを知りたいと願うのは、育ての親への愛情や感謝とは別の気持ち。その思いを支援することで、かえって親子の絆が深まると思えてなりません」と活動を始めたウェンディー・クレイマーさんは話す。

 人口が減りゆく中で、様々な形の家族が生まれつつある。親は子の思いを尊重し、社会はそれを支えていく仕組み作りが求められている。(利根川昌紀)

(2015年12月8日 読売新聞)


引用元:
卵子・精子提供で生まれた子ども、「出自」不明に戸惑い (ヨミドクター)